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2018年11月22日 (木)

枚方市で歴史散策

昨日(21日)、会社OB仲間と枚方市に行ってました。

枚方は、東海道53次にはないですが、東海道の宿場です。(53次は江戸から京都までを数えています。でも東海道は大坂まで有り、京都を過ぎて、伏見、淀、枚方、守口と4宿を加えた57次が正しいらしいです)

集合地は京阪電車枚方市駅です。2 京阪の2階建て特急に乗りました。この特急には「プレミアムカー」といって少し高級仕様の有料指定席車両もあります。一度は有料席に乗ってみようかとも思いますが。取敢えずは普通席で(自由席、無料)で行きます。

駅を出ると、Photo 宿・東海道の案内板があります。

Photo_2 かなり背が高い大きな道標があります。(江戸時代のものでした)見えているのは「右 大坂みち」と書いていますね。

元の東海道に沿って歩きます。街道沿いには、Photo_3 江戸時代からの旧家がいくつか残っています。

この辺りは東海道の宿であるとともに、淀川の舟運(伏見から大阪まで30石船が出ていました)の船宿地域でもありました。

この辺りで、「喰らわんか舟」といって、この30石船の客に酒、食べ物を売り付ける小舟があったようで、その言葉使いが荒っぽいことで有名だったらしいです。

Photo_4 「淀川資料館」では洪水の歴史、河川改修の歴史などが展示されていました。 ここで「閘門」という言葉を知りました。

「門構えに甲の漢字」。実は私はこの知らなかったです(恥;)パナマ運河が水位を調節する箇所を持っているというのは知っていましたが、それを閘門と呼ぶことと、淀川にその閘門があることは初めて知りました。河川改修の際に閘門が必要となったようです。

淀川の河川敷にも出て、「昔の流れがどのあたり」といった説明も聞き、興味深く散策ができました。

あと、Photo_5 「うだつ」についても教えて貰いました。

「うだつ」って何のことか知らなかったですねえ。写真のかぎみたいな絵のある、壁のことのようです。屋根から下に防火用の土壁がありますが、これのことらしいです。(そのように聞きました)うだつのある家は裕福な訳でして、「うだつが上がらない」とは、うだつを構えるような家が出来なかった、つまり出世できなかったことなんですね。










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