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2018年9月

2018年9月28日 (金)

ウォークの下見




10月は和歌浦/雑賀崎を案内することが2回ある。

この地は何度も訪問していて、「庭みたい」な感覚はあるが、人さまを案内するとなれば、色々準備など必要となります。

下見も既に何回か行っていますが、先の台風の影響等もしっかり把握しなきゃいけないです。

1 先ず集合地へのバス便ですが、ウーン1時間に1本ですねえ。 先にある(10月3日)ウォークは13:35のバスしか公共交通機関はありません。 後のウォークは10:35着のバスですね。(10:40集合)

なお13日のウォークは本日配布された和歌山のミニコミ紙にイベント案内が掲載されていました。Photo_2  こんな記事です。

これは和歌の浦特集の1,2面の記事の2面の一部です。新聞社から「特集の2面に載せます。で記事内容の確認をお願いします」と電話で応じたんですが、

2面全体は、2 こんな感じで、2面の右下の小さな記事が我が万葉グループの主催行事です。

こんなに小さな記事では見落とされてしまう、とちょっと残念な思いを感じたのですが、いやあ早速今日、電話がありました、この新聞(和歌山リビング)で見た、参加申し込みしたい、という連絡でした。  いやあ、小さな記事でも見てるのですねえ。感心しました。

で、下見の話ですが、時間節約で「バイクと歩き」の移動手段を取ることにしました。バイクで行ける道はバイクを用い、走行距離をしっかり付けて歩行距離を割り出せるようにしました。

集合地点から少し坂道を上ったところにある会社の駐車場が、進行での後方坂の下を見下ろせる絶好のポイントなので、この会社に駐車場に入って下を見ることの了解を得ました。

坂をもう少し上がると、台場跡(トンガの鼻)に至ります。

ここでは、江戸時代の海防の基地跡、Photo_3 算木積の堤等が残されています。

ここから灯台に行くと、Photo_4 秋分の日に見たような、眼下に島、右方は加太・淡路島・神戸方面が見られます。

正面は淡路島・四国方面が望まれます。

灯台から下の雑賀崎漁港に降ります。(TVの流しソーメンのルートになります)

但し私は今日はバイクなので、灯台から直接降りる道は通れないので遠回りして漁港に向かいます。Photo_5  ここの大屋根のある施設は雨天時の昼食場所の候補です。漁協関係者に昼食での場所借りについて了解は得てあります。

さて台風の影響ですが、海岸遊歩道は通行止めが未だ解けておらず、ウォーク当日までに復旧している目処はありません。

さらに海岸道からバス道に出る直前の道がPhoto_6 通行止めです。ここは人と2輪は通れますが、自動車は通れません。道沿いの民家の2回の屋根が崩れそうになっているためです。早く修理してほしいですね。

この辺は既に分かっていたことではあります。

今日の下見の本命の目的は、高津子山に行けるか、天満宮に山から行けるか?の確認でした。

山への上り道を行くと、Photo_7 車両進入禁止の標識があります。 これは台風と関係なしに、以前からある標識です。

しかし標識に敬意を表して(?)、Photo_8 ここでバイクを降りて後は歩くことにしました。

そうすると、ウン、確かに道は荒れています。

Photo_9 倒木があちこちにあります。

この場所は少し頭に気を付けて身体を折り曲げれば通れます。

Photo_10 こちらは倒木を跨いで通ります。

他にも、Photo_11 ちょっと通り難い所もありました。

でも、別に危険なところはなく、身を動かして通ればOKです。

こんな道を過ぎて、Photo_12 天満宮に至ります。

歩いてなら、ここから直ぐ下に下りればいいんですが、私は今日は途中までバイクで来ていたので、そこに戻らないといけないです。

あと玉津島神社まで行って解散となるコース予定です。

バイクでの距離測定、時間想定、通行可否確認等まあ下見の目的は達成しました。

ウォークは何とかなるでしょう。

















ボールペン

Photo

今日の記事は、この写真1枚です。

ボールペンって「貰う」ことが多いですよね。今家にある「貰ったボールペン」を集めるとこれだけありました。

街頭で配布を受けることもあります。(私も配る側になることあります)

講演会・セミナーなどでメモと一緒にお持ち帰り用で貰うことあります。

付き合いのある業者さんが時々置いていくことがあります。

そして量販店・スーパーなどでアンケートに答えて貰うことあります。

昨日は乾電池を買ったらオマケにボールペンが付いていました。

でも、これらボールペンの”行く末”が不明となっていきます。

今、確かにかなり多くのボールペンが手元にあります。しかしこれでも、今年になって貰ったボールペンからするとほんの一部程度の数です。

貰うボールペンはどんどん増えます。でも「使い切るor使えなくなって廃棄する」ボールペンはそんなに多くありません。だったら、ボールペンの在庫がドンドン増える筈ですよね。

ところが、貰ったボールペンの大半は消費し尽くされないで行方不明になってしまうのです。だからいくら貰っても家の在庫はある程度以上にはなりません。

どこに消えるのでしょう。ボールペンが知らない内に無くなっている、というのは私だけでしょうか。私の不始末ですかねえ、やっぱり…。

2018年9月24日 (月)

お彼岸

お彼岸ですね。「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますね。彼岸の頃少し暑さが残っていることはあっても、真夏の暑さを感じることはあまりなかったですが、今年は朝こそは涼しくなってきましたが、昼間は未だまだ暑くて、エアコンが要ります。

 さて、お彼岸ですから、我が家の鉢植えのPhoto 彼岸花(リコリス)も咲いています。

そして、Photo_2 お墓にも、

Photo_3 花を供えてお参りします。

彼岸の中日は、例年Photo_4 雑賀崎に夕日を見に(そして写真を撮りに)行ってます。

今年は夕方になり、Photo_5 雲が出てきたため、お日様は隠れてしまいました。 でも夕暮れ時の海は、なかなかの趣があります。

Photo_6  この島の様子も好きな風景です。

そして、Photo_7 通過する船も灯りを付ける時間となってきました。

「夕日」は見られなかったですが、夕暮れの海と、海から吹いてくる風を心地よく感じてひと時を楽しみました。(蚊が結構多かったのは鬱陶しかったですが)

この写真を撮るため、5100 ミラーレス一眼を持って行ってました。お気に入りのSonyα5100です。

ところが帰宅して車をガレージに入れ後部座席からリュックを取り出すとき、隣にこのカメラがあったのを見落としてカメラを弾き飛ばしてしまいました。カメラは車の外に落ち、コンクリートの床に「ガシャっ」と墜落してしまいました。

 「しまった!エライことした」と思いながら、無事であることを祈っていたのですが、

カメラのスィッチを入れると、Photo_8 こんな表示が出てそれ以上の操作が何もできません。レンズを一旦外して、正しくマウントに装着しても同じことです。

 ガッカリです。修理しかないですね。 カメラの長期保証に入っているので、保証期間ではありますが、「落下」が原因の故障は保証対象でないことは分かっています。

修理って高いでしょうねえ。    がっかり…。

カメラの搬送はいつも裸ではなく、クッション性のある袋に入れているんですが、昨日途中までは袋に入れていたのに、撮り終えてそのまま後部座席に置いていました。

注意が足りませんでしたね。  反省&泣き  です。










 















2018年9月23日 (日)

東レテニス

大坂選手、強いですねぇ。

東レテニス、今からプリスコバ選手との優勝戦が始まります。

今の調子、今の落ち着きなら、きっと優勝できるでしょう。

ブログではここまでの戦いを記事にします。

チブルコア選手との2回戦ですが、Photo_10 圧勝でした。 決まったときのガッツポーズ、「カモン!」って聞こえますね。

まず、1 第一セットをこのスコアで取り、

第2セットも相手に付け入る隙を与えず、Photo_11 マッチポイントです。 このまま6-2,6-1でのストレート勝ち。

Photo_12   試合終了です。

次の試合は、ストリコバ選手。強豪です。

でも試合は、6-3,6-4のストレート勝ちです。ストリコバ選手に「勝てる気がしなかった」と言わしめました。  常に優位に立ち、試合を支配していましたね。

 ファーストサーブが確率が悪かったですが、要所ではサービスエースサービスからのフリーポイントが取れて、相手の戦意を砕くような試合運びができました。 

  (この試合見ていたんですが写真は撮ってないようです)

そして準決勝はジョルジ選手、ハードヒッターでサーブも高速でエース・ウィナーを決めてくる相手です。

しかし大坂のプレーはここでも安定していて、6-2,6-3で危なげなくストレート勝ちです。

Photo_13 試合前

Photo_14  勝利インタビュー。

あと1試合、この日は「コンビニでおにぎりを食べた。サーモンと梅だった」と言ってました。また試合が終われば(優勝戦まで)、「かつ丼と抹茶アイスが食べたい」と言ってました。

 そういうことを言わすインタビュアーの問でしたが、型破りの天然ぶりが、好評なんですねえ。

ところでこのシングルスの準決勝の後で、ダブルスの決勝戦があり、

Photo_15 東レテニスでは初めて、

日本人ペアのPhoto_16優勝が実現しました。

『二宮・加藤』ペアです。よくやりました!

なお錦織は第1シードで出場していたフランスでの大会で、準決勝で敗退でした。

優勝戦が始まっている、見なくちゃ












 








散歩で見る台風の跡

今日の話ではないですが、台風後の散歩で目にしたものです。

1.散歩公園で

Photo 結構大きな気が根っこから倒れています。

幹の部分は倒木処理のため既にカットされています。

そして、Photo_2 こちらの木も倒れています。

Photo_3 桜の木は枝が裂けてしまいました。

この木は、Photo_4根元で折れていますね。

また、木は大丈夫でも、Photo_5 葉っぱが黒く枯れてしまった木も結構見られました。

この原因について、「塩が当たったんだろうと」の意見がありました。この公園浜に近いといえば近いロケーションです。通常は浜からの潮風の影響を受けるよりは離れていますが、台風の強風はここまで塩を運んだのかもしれません。

今日は秋分の日、秋らしいお天気で散歩公園の途中の川沿いには赤い彼岸花が咲いていました。

2.紀の川河川敷で

河川敷への散歩は久し振りでした。

台風の影響として、Photo_6 ゴミが散乱していました。 河川敷まで水が来たのですね。河川敷に水がきても特に被害が出る訳ではないですが、この付近に住んでいて、ここまで水がくるのを見たことなかったです。降雨による増水だけでなく(河口付近ですから)潮位の影響も大きかったんだと思います。

 数年前なら、やじ馬的に川の様子を見に来たかもしれません。今回は暴風雨の中で外をうろつくバカなことをしないでおく分別がありました。

 河川敷でも、Photo_7 根っこから倒れている木も見つかりました。また、Photo_8 土手付近まで漂着ゴミが溜まっていました。

今回の台風、本当に今まで経験したこのないような強い台風でした。強風って怖いものですね。

Photo_9  紀の川も今は平穏にゆったりと流れています。



  
















2018年9月17日 (月)

歴史街道ウォーク本番

今日(9月17日)は、9月6日に下見を行っていた、「歴史街道ウォーク 紀見峠越え」の本番日です。Photo

この1週間ずっと天気予報を見てやきもきしていましたが、本日は雨の心配はなさそうな良いお天気でした。 ただ、何か急に暑さが戻った暑い日でもありました。

Photo_2 先ずは集合場所の南海天見駅前で受付準備です。集合時間の1時間以上前から来ている方も居り、受付を急ぎます。

受付スタッフには赤いスタッフベストを着て貰っています。(今日は暑かったので、受付終わったら脱いでしまい、ウォークを通しての着用は無理でした)

この歴史街道ウォークの基本コンセプトは、「南海道を歩く」であり、飛鳥/平安時代の官道で都と紀の国を結び、さらにその先淡路島経由で四国へ渡る道を探して歩くものです。

都を出て、紀ノ国に至るということは、都が変われば(大和、難波、長岡、京都)道路も変わってきているのです。大和が都の時は橋本市あたりから紀の川沿いに和歌山に入ったのですが、長岡京となると、和泉の国を経て和歌山に入るという、西に寄ったルートとなっていました。 そしてこの道はその後、高野山参詣の「高野街道」となり、それは今でも認識されている道路です。

また、地域としてのこの辺りは、南北朝時代後醍醐天皇が関東方に追われていた地域で、楠正成が活躍したところです。有名な千早赤阪城に近いところ。

ウォークコースとしては、先ず駅を出て数分のところにある「南天苑」をチラと見ます。ここは辰野金吾氏設計の建物で、堺市にあったものが移設されたのです。今天見温泉の高級料亭としてあります。

ここを過ぎると「出会いの辻」と呼ばれる場所となります。

楠正成と関東軍との戦が行われた地です。(ここは楠軍の勝利)

ここでの説明はPhoto_3 合戦のこと、太平記のこと、正成のことなどとなります。

今回は山道でなく国道を歩く部分も多くなっており、

Photo_4 しっかり歩道を一列で歩いてもらいます。

出発後1時間ちょっとで、Photo_5 紀見峠に辿り着き集合写真を撮ります。

紀見峠は宿場町で宿屋/茶店等が並んでいたらしいですが、今は通る人も少なく宿はありません。

ただ、Photo_6 元 宿であったところが、古民家カフェ(&地域の集会所的な場所)となっており、ここで昼休憩(昼食と喫茶)の場所を借りました。  

 *お休みの日なんですが、事前にお願いして上げてもらったのです。

 喫茶としての注文の有無に関わらず場所の提供を頂きました。有り難いです。

お店の中で、Photo_7 南海道に関する、ミニシンポジウム(ミニ講演会)も行いました。スピーカーを使い、部屋に入りきらずに表に居る人にも講師先生の話は聞こえるよう準備しました。

峠を越えて下り道になりますが、Photo_8 先日の台風で落ちた木の枝が道に散乱していました。ちょっとだけ木の枝を除きながら進みました。

道には、蛇の抜け殻があったり、Photo_9 ムカデくんが出迎えてくれたり、Photo_10 彼岸花がところどころで咲いていたり、少しは田舎の道を感じることもありました。

Photo_11下り道で見晴らしが開けたところで眼前に見える山が、「長藪城址」の城山台です。この地にどんな山城があったかの説明を受けます。

他にも、Photo_12 要所での説明・休憩が行われます。

また、伴走の車があり、Photo_13あるところでは一行の後ろをゆっくり走り、あるところでは先回りして待って呉れていたり、と救急体制が取れています。伴走車は2台あり、1台は和歌山県から応援参加の車(写真)であり、もう1台は主催者のスタッフ車でした。

暑い中のウォークでしたが、無事に終了できました。  

ウォークに関して、下働きであり、また責任者でもある立場となっているようで、一行の前に出たり、しんがりを見たり、スピード調整とか、昼休憩の場所でのお願いの確認があったり、今後のイベントの紹介とか、結構色んな気遣いは要りました。

ホッとしました。 

Photo_16 今日の歩数はこの程度でした。

帰宅してお風呂、そして、Photo_14 ゴクゴクゴクとドリンク。 あっと言う間にこれだけ飲み終わってしまいました。

これくらいが、「飲み過ぎないように」とのチェックの入るギリギリの線ですね。

この後のPhoto_15 これは、こっそりとやっちゃった分です。

















2018年9月15日 (土)

iPad5台目ゲット

Ipad 写真は左から私が使ったiPadの2台目から5台目です。1台目はずっと前に京都の孫にあげています。

外形は2台目がやや大きく、4台目・5台目は少し小さい感じです。画面サイズは同じです。

なんでこんなにiPadをいくつも持っているのでしょうね。

適当な時期に更新すると、支払い料金は殆ど変わらずに新しいiPadが得られる仕組みになっているんですねえ。iPadを使うのであれば、新機種に買えないと損、ということになります。

古いiPadはwifi機として十分使えます。(新機種に変更直後くらいですと、売ってもかなりの値段で売れる筈です。 売らずに自分で持ってましたが)

今までのiPadが最近不調で、直ぐにフリーズ・暴走を始めてしまうのです。それで十分な事前対応を取らずに初期化してしまい、写真やアドレス等のデータは飛んでしまうワ、アカウントの情報も喪失、メモってなかったのでメールの設定が出来なくなってしまったり。

何せ、使い辛くてストレスが溜まっていました。

これは”変え時”と思いましたね。

ソフトバンクショップに行って、新機種購入の手続きをしました。

それと同時に、スマホもいい加減変えようかな、と思い割安なスマホ変更の方法を聞いてみました。

 そしたら機種変更でなくて、新規購入・新規契約をすれば、かなり料金が安くなるということ。 iPadとスマホの両方の機種を新しいものに変えて、それでも”料金は今までより数千円下がる”、っていうんです。

この辺の仕組みは、いつも問題視されているヤツですね。

この方法で問題は、携帯番号の持ち越しが出来ない。「番号が変わる」ということです。

これは悩みますね。私の携帯、20年以上使ってきてるんです。番号を変えずに。

ウーン、今回の選択は、番号変更を受け入れて、安い料金となる方法を選びました。

Photo これが新旧のスマホです。

左が新でメーカーは”HUAWEI”です。格安品メーカーですね。

ちょっと前、変えるならソニーのエクスペリアにと思っていたのですが、全然方向が違ってしまいました。

初期設定はショップで済ませて貰っているので、スマホでの電話・メールやiPadのインタネット接続はできるようになっています。

今自分でiPadのメールアカウントの設定を済ませたので、iPadでパソコンメールを読むこととウェブブラウズは可能です。 基本のことは出来るようになりました。

その他のアプリの設定は、アドレス移行なんかはボチボチに進めます。

2018年9月14日 (金)

研修会

昨日は、Photo_3 という研修会に出席していました。

今回研修のメイン講演は、Photo_4 というものです。

講師先生は、自らの生い立ち・体験から語り始め、犯罪を犯した人を職場に受け入れ、支援する活動の実践について具体的な事例を示してお話しされました。

実のあるお話しで、Pj_2何度か目頭が熱くなってきました。

更生・立ち直りのためのキーワードに「居場所と出番」というのがあります。

簡単に言えば、住居(住むところ)と役割(仕事)となるようです。仕事が得られてこそ、安定した生活の基盤が得られるのです。

ただ、一度間違いを犯した人の仕事探しは厳しいものがあります。そこで「協力雇用主」という経営者の方の協力・支援に期待がかかります。

Photo_5 このスライドの内容・考え方を皆が持てるようなって欲しいです。

講演を聞いた後、更生保護に携わる関係者として、「他人のために役立つ」ことの意味、責任のようなものを再確認し、身が引き締まる思いでした。

講演会の後は、Photo_6 懇親会があり、関係者での情報交換・親睦を図りました。







2018年9月13日 (木)

JAL鶴丸マークの商標権裁判に勝訴

久し振りの知的財産権の話題です。

内容は、Jpg 写真のタクシー会社のロゴが、JALの鶴丸マークに似ているので、JALの有する商標権に基づき、このタクシー会社のマークの使用禁止を求めた裁判についてです。

東京地裁での判決は、タクシー会社の商標権侵害を認めたものでした。

裁判になる前に話し合いは有ったんでしょうが、合意を得られなかったということでしょうね。

争点の一つにこのマークがJALのマークと似ているかどうか?があります。

皆さん、どう思われます?  訴えられた会社は「似ていない」と主張したようですが。

どう考えても「似てる」と思いますよね。

で、もう一つの争点が、「先使用権」だったらしいです。JALが商標権を取る前からこのマークを使っていた、後から権利取っただけで元からやってた商売を否定するのは無茶や。というような抵抗です。

 これについては、JALが’65年からこのマークを使っており、’77年創業のタクシー会社がこれ以前から使用していたと言えないとの判断です。 なぜこんな主張をしたのでしょうか、私の推測ですが、JALが経営不振の一時期、鶴丸ロゴマークを使っていない時期があり、使用再開は別の時になってます。この会社は多分、使用休止の時期にロゴを使い始めたものでしょうね。でも使っていない時期があっても権利は続いていますから、こんな主張は通りません。

ついでに知財の話題を。(あまり面白くないですが)

このニュースとほぼ並んで、「堂島ロール」の裁判の話がネットで載ってました。

「堂島ロール」を製造販売している、モンシェールと言う会社が「堂島プレミアムロール」という商品が似ていて紛らわしい、販売を中止するように、と訴えた裁判が、原告勝利との判決が出た、ということでした。

「堂島ロール」と「堂島プレミアムロール」、ウーンやっぱり似ているでしょうね。

堂島ロールの高級版という感じですね。

でもこういう裁判って結果論で当たり前のように見えますが。堂島ロールって、堂島って地名とロールケーキのロールを取って名付けただけで、特殊性・特有さは乏しいです。

そうすると、「堂島ロール」という名前が、どれだけ皆に知られているか?ということが権利化とか権利行使に大きな要素となります。

今回の裁判所の判断は「堂島ロール」は一般によく知られている、「堂島プレミアムロール」は堂島ロールの高級版との誤解を生む恐れが強いとしたものです。

ところで、堂島ロールについては、以前にも裁判が話題になっていました。 確か堂島ロールが敗訴したはずです。

調べてみました。店名の問題でした。 今、堂島ロールを製造販売している会社の名前は、「モンシェール」といいます。モンシェールの名前も堂島ロールの会社としてそこそこ知られているように思います。しかし実はこの会社2011年頃は「モンシュシュ」という名前の会社だったんです。

これが、「ゴンチャロフ」という菓子メーカーの持っている商標権に抵触すると訴えられて高裁まで争った結果、負けてしまい、店名をモンシェールに変更したのです。

モンシェールで十分やっていけてるようですね。


2018年9月11日 (火)

万葉歌碑巡り 近江高島駅へ




青春18きっぷで万葉歌碑巡り記事の最後となります。

湖西線唐崎駅から近江高島駅に向かいました。

唐崎までと違って高島までは電車の本数が減ります。駅に最初に来た電車は近江舞子行き、高島の手前までしか行きません、次の電車は堅田行き、これも同様です。駅の時刻表に電車の時刻は何本か載っているのに…、高島って遠いようですね。

近江高島駅で降りると、Photo駅前にガリバー像があります。写真に人も写っているので大きさは分かりますね。

ここではマンホールデザインも、Photo_2 ガリバーが描かれています。 フーン。

さて万葉歌碑ですが、事前予習では5,6個有るようです。(参考資料によって数が違うので…)

先ず、駅に近いところで「乙女が池畔」の碑に向かいました。

ところがいきなり道を間違えてしまい、地元の方に「万葉歌碑は?」と聞いて教えて貰いました。(当初行こうとして、「アレ」と思い引き返した道で良かったのです)

ところが、ある筈の歌碑に行きあたりません。Photo_3 途中に有ったこちらの方が訪れる人は多いようです。

池を過ぎて分からなくて困っていると、釣りに来た人と出会い尋ねました。その方は万葉歌碑なるものを知らなかったですが、私の話を聞いて、スマホで歌碑写真を見出し、写真のバックの景色から、「この辺やなあ。もう少しこの道を歩いてみて」とアドバイスしてくれました。ところが、かなり歩いたと思っても歌碑に辿り着きません、自信を無くし、引き返し始めました。

 そこに別の人が通りかかり、「歌碑は分かった?」と聞かれたので、「分からないから引き返しているところ」と答えると、「もうちょい先なんよ」と歌碑まで案内してくれました。私が引き返した地点から数十メートル先にありました!

これです、Photo_4  「大船の 香取の海に 碇おろし 如何なる人か 物思はざらむ(巻11-2436)」です。碑は万葉かなで書かれています。

碑にある原文表記では「大船 香取海 慍下 何有人 物不念有 」となります。

この碑は、Photo_5 副碑が並んでいて、詠みや説明が書かれています。

次は、これも歩いてすぐ(の筈)にある大溝漁港へ向かいました。

71171 ここは間違えずに到達しました。

歌の詠みは「大御舟泊ててさもらふ高島の三尾の勝野の渚し思ほゆ(巻7-1171)」です。

原文は「大御舟 竟而佐守布 高嶋之 三尾勝野之 奈伎左思所念」ですね。

一旦駅まで引き返し、駅前のコンビニで飲物と甘いものを仕入れました。

それからネット情報では、高島郵便局、関電前などに歌碑があることになっています。

郵便局ってどこや? と考えながら駅前の地図表示板では、

Photo_6 ”万葉歌碑”と書かれたスポットがあり、駅からも近そうでした。

で、歩き疲れの見え始めた「お連れさん」には駅前のガリバー公園でご休憩頂き、一人で歩いて歌碑探しに出ました。ところが…、甘くはないですね。この地図のアバウトな位置表示では目的地に行きつきません。しかもスポット近くで通りがかりや住んでいる人に、「この辺で万葉歌碑は?」って聞いても、「へえっ、万葉歌碑?いやあ知りませんなあ」との答え。  

 30分余り、歩きの歩数を稼ぎましたが、歌碑には至らずでした。

駅に戻り、歩くには近くはないが(1.8Kmとの説明あり)、琵琶湖内に鳥居がある有名な”白髭神社”の辺りにある歌碑を見たいと思いタクシーに乗りました。

Photo_7 湖中の鳥居。ちょっと厳島神社っぽいですね。 そして、Photo_8 神社本殿。

これを見たのは良いですが、さて歌碑は?神社で聞いても知らないとのこと、誰かの句碑はあるのですが。

あ痛ァ、歌碑がない。2300碑に記載の情報をタクシーの運転手さんに見せて、一応所在が分かりました。駅に向かって少し引き返します。

48 鵜川四十八体石仏、に行く国道入り口にあるとのことです。

91773  ありました!

思ひつつ来れど来かねて三尾の崎真長の浦をまたかへり見つ(巻9-1733)

原文は「思乍 雖来々不勝而 水尾埼 真長乃浦乎 又顧津」です。

さて青春18きっぷ、日付が変わるまで普通列車に乗り放題ですが、歩きの疲れ、帰宅の時間もあり、これで帰ることにしました。

和歌山までを紀州時快速を利用して帰ることにして、大阪駅で一旦降りて夕食を済ませ帰宅となりました。

歌碑巡りと言いながら十分な数の歌碑を訪れることは出来なかったです。

ま、これから時々和歌山以外でも万葉故地・万葉歌碑を訪ねてみたいと思います。










青春18きっぷで万葉歌碑巡り 唐崎

歌碑巡り、先ずは唐崎駅で降りました。Dsc_2724_2

実はこの駅は私が未だ会社勤めの頃、京都か大津に出張に来たとき、少し足を延ばして寄ったことがあります。10年以上前のことです。

ささなみの志賀の辛崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ(巻1-30)

という有名な歌の舞台となっている地として興味があったからでした。

 (この時は万葉歌碑は訪れていなかったです)

当時の記憶を思い起こしながら、唐崎神社に向かいました。ここに歌碑は無いのですが、この神社から見る琵琶湖がいかにも”さざ波の 志賀の辛崎…”のイメージに合っていたのです。それに万葉歌碑はこの神社の近くにある、ことを事前に調べていましたし。

地図は持っておらず、「電車の進行方向沿いに進んで右に曲がって琵琶湖の向かう」という記憶でした。Resize1137 まっ、

標識Karasaki  と途中出合った人に尋ねて迷うことなく神社に着きました。

ここで、Resize1130 葦の先に見える琵琶湖が、「荒れたる都の跡、湊の跡」をイメージさせるのです。

なおこの神社では、Resize1129 松を通してみる琵琶湖は良い景色としても知られています。

さて万葉歌碑は、神社のすぐ近くの「唐崎苑」というところにあるというのでそこまで行ってみました。

有りました。先ずResize1135_muki ”さざなみの志賀の辛崎”の歌の歌碑を見つけました。佐々木幸綱先生の揮毫です。

続いて、Resize1139 これは前滋賀県知事の嘉田さんの揮毫で、

後れ居て 恋ひつつあらずは 追ひ及かむ 道の隈廻に 標結へわが背(巻2-115)

の碑があります。

ここにはもう一つ、Resize1136_2 

「やすみしし わご大君の 大御船 待ちか恋ふらむ 志賀の唐崎(巻2-152)」の歌碑もあります。 これは中西進先生の揮毫です。

唐崎駅を降りて見る歌碑はこの3つです。

碑を見てお昼時となりました。駅から唐崎神社までの途中でラーメン屋さんとドライブインの蕎麦屋さんがありました。そのどちらか、と考えていたのですが、神社の近くに小さな手打ち蕎麦のお店を見つけ、入ってみました。

Resize1133 良いお蕎麦でしたね。美味しかったです。あっ、お店の名前は”松永”というお店でした。

また、その近くで趣のある「みたらし団子のお店」があり、寄ってみました。

注文を受けてからタレ漬けして焼いてくれます。持ち帰り5本というのを注文しました。

焼けるまでの時間、店の主人、おかみさんと唐崎や万葉のことを話していました。

焼きたてが出来上がると、つい一口食べてみたくなり、同行のうちのカミさんと1本ずつその場で食べちゃいました。これも美味しかったです。

Resize1134

団子屋さんで後から来た別のお客さんとも話となり、和歌山から万葉歌碑巡りで出てきた、次は近江高島まで行く予定、というようなことを話すと、結構遠いし大変ですよ、と心配されてしまった。そして、「少しでも楽をできるよう唐崎駅まで車で送ってあげよう」と親切な申し出をしてくれたので、お願いしました。

駅から唐崎神社、唐崎苑まで歩いて大して遠いとも思わなかったですが、車で駅まで載せて貰うと結構な距離があり、送って貰って良かったと実感しました。

ところで、今回のJRで乗った区間と料金は、

和歌山→唐崎(\2,400)、唐崎→近江高島(\580)、近江高島→大阪(¥1,490)、大阪→和歌山(\1,240)で、合計\5,710となっています。

これが青春18きっぷでは、\11,850/5で、\2,370なので、半分以下の料金で行けたことになります。因みに同行したカミさんは普通乗車ですので、きっちり\5,710を払った筈です。

(ICカードで乗車するのでいくら掛かるか実感しないですが)

唐崎では3つの歌碑を訪れました(1か所で3つの歌碑)、多くはなかったです。

さて、次は近江高島です。  次回ブログとなります。













 

2018年9月 9日 (日)

青春18きっぷで万葉歌碑巡り その序

会社OB会で伊吹山に行ったときに使った青春18きっぷが1回分残っていたので、これの活用で「どこに行こうか」と考え、【日帰りで、できるだけ遠くまで行けて、面白い内容】の条件で検討した結果、「滋賀県の万葉歌碑を見に行こう」となりました。

18 この切符使用期限は9月10日まで。

無事9月9日で使い切りました。

で、滋賀県の万葉歌碑ってどこにある? JRでどこに行けば良い? を調べて。

候補駅(JR)として、大津京、唐崎、和邇、近江高島、彦根、米原、近江八幡、などの駅を考えました。

持参するものは、Photo と

2300 および、ウェブで調べた、Photo_2 などです。

候補の駅を1日で回ることはさすがに無理と分かっていました。”行けるだけ”で良いのです。

ところが9日の早朝は、全米オープンテニス女子シングルの決勝戦で大坂ナオミvsセリーナの試合があり、これを見ない訳にはいきません。

大坂優勝! Photo_3 強かったですよ。

セリーナに警告とペナルティで荒れるし、観客のブーイングがあったり、ちょっとイヤな感が残りましたが、スゴイです。嬉しいです。テニスは別途記事アップの積りです。

このTV観戦で歌碑巡りの出発が遅れました。

で結果的に行ったとこは、Dsc_2724 唐崎駅と、

Photo_4 近江高島駅の2駅だけでした。

で、この駅からの歌碑巡りについては続編(別の記事)となります。

本日記事のオマケとして、Photo_5 今日の歩数と、

帰宅してからのPhoto_6 家呑みを紹介します。

3日間アルコールを絶っていましたが、この日で我慢できなくなりました。














2018年9月 7日 (金)

主催イベント2つ

少し前になりますが、文化イベントの主催が2件続いて忙しかったです。

(1)9月1日(土) 【万葉玉手箱】

私が属する万葉愛好グループの行事で万葉集について色んな角度・観点から一般の方に親しんで貰おう、一緒に楽しみ・考えようという目的で始めた事業(行事)です。

Photo_13 こんなチラシを作っていました。

会場の和歌山市南コミュニティセンターは今回テーマの和歌の浦地区に隣接しており、

窓外にはPhoto_14万葉故地である「名草山」が見えており、万葉の話題には適した立地です。

この玉手箱事業、今回のように屋内での座学・発表と意見交換の形が多いですが、外に出て万葉や歴史にゆかりの地をウォークしたり、和歌山城で万葉植物探し(万葉歌紹介)とフィールドワーク的なことも行ってきました。さらに次回は万葉集に出てくる箏の話を端緒にして、講話と音楽(箏の演奏、箏と尺八のコラボ演奏、さらに万葉歌朗誦を含めた歌人の参加)を面白い企画があります。

さて今回、Photo_15 先ずは毎回シリーズで行っている当会会長 村瀬先生の「紀伊万葉歌1首を考える」です。

Photo_16 これが会場風景です。

続いて「和歌の浦の景観について」のPhoto_17 発表です。犬養先生の発言や万葉歌朗誦を担当したのは隣に座る馬場副会長でした。

鶴の鳴き声までやってました。

今回で11回目の万葉玉手箱、行事として安定してきました。

私はこの会の下支え、事務局長という立場でして、企画・運営ではバタバタとしています。

実施にはメンバーの皆さんの協力を頂くのですが、会場探し・予約、チラシ作成、公機関の後援名義使用申請、参加申し込み受付、参加者名簿作成など、結構やること多いんです。

でも今回の玉手箱、これまでで一番多い参加者を得て、盛会に終わることできました。

良かったです。

終わってしっかりビールを飲みました。

この次の日、9月2日は私が一応事務局長を務めている別の団体で、【歴史講演会】というのも主催しています。

その内容は別記事としてアップします。










2018年9月 6日 (木)

歴史街道ウォーク下見

北海道では大地震がありましたね。

地震、大雨、連続する大型台風、…猛暑。…天災や異常気象が続きます。どうも天(自然)は人間の行いに警告を発しているような気がします。

Photo
6日は歴史街道ウォークの下見の予定日。関係者はそれぞれ自身が台風の被害を受けているのですが、下見に集まりました。

先ずは、集合・出発地点である、Photo_2 南海高野線天見駅へ。
駅に配架してあった付近の観光案内がなかなかの優れものと思われたので、ウォーク参加者への配布資料に使えると思い、参加見込み人数分を入手した。(ちょっと数が多いので、この駅は無人でしたが、キー駅と繋がっているインターフォンで了解を得ました。ただ駅にチラシを掲示または配架することは断られました。

 南海電鉄さんはこのウォークに共催してくれているんですがねえ…。

Photo 駅前の観光案内の情報は充実しており、しっかり読めば参考となります。

この日の前にメンバーのH先生が下見の下見を行ってくれたいたので、本日はH先生の案内で下見確認のような行程です。本日のメンバーはH先生を含めウォーク当日に皆をご案内頂く3名の先生と私の4名です。

駅のすぐ近くに、「南天苑」という温泉旅館・料亭があります。ウォークでここに入るようなところではありません。ただ、この建物が有名な辰野金吾氏の作品の一つなので、まっちょっと外観とか見ていくのも良いかなと思われます。南天苑の方に、ウォークイベントで団体が庭先まで来て建物を見学させて貰うことの了解を貰っておきました。

ウォークの下見ですがこの日は、Photo_2車に乗ったままでの下見・確認部分もあります。 予定コースの全行程を歩き通した訳ではありません。

天見駅から歩きと車を併用して、このウォークのタイトルにも出ている、紀見峠に至ります。Photo_3 新旧の標識がありますね。

この峠には「岡潔生誕の地」、六里塚(高野女人堂へ六里の標識)、国境番所跡標識などがあります。

そして、Photo_4 茶店、宿場跡を表す看板も見られます。 こちらの丹波屋さんには当日お昼の場所を借りるようお願いしてあります。

この辺は、Photo_5 旧街道っぽい道となっています。Photo_6  昔の旅人の気持ちとなって歩いてみたいですね。

でも峠からの下り道の途中は、Photo_7 台風の影響で酷い状態です。多少道の枝を除く作業をしながら降りようと思ったのですが、キリがないので諦めてこのままの状態で下りました。当日がどんな状態か分かりません。地元の方が片付けて呉れているかもしれません。

下見では、Photo_8 トイレ確認は大事な用件です。

今回、駅、このトイレ、昼食休憩での茶店屋さん、(途中にあるコンビニ)、駅と何とかなりそうです。

今回のウォークは街道を歩くが主で、何か歴史スポットを巡るという感じはありません。

それらの中で、「長藪城址」を何とか見たい、というのがありましたが、なかなか「うまく見える」スポット探しが難しかったです。

割り合い良く見えたのが、Photo_9  こんな感じです。高架道の少し先に低い山が3つ見えるでしょうけど、これが城址の山です。

因みにこの写真は橋本市郷土資料館の近くから撮ったものです。

ただ探していると、ウォーク終着のPhoto_10 御幸辻駅近くの歩道橋から辛うじて城址の山が見えることが分かりました。当日は説明は別のところで行っておいて、一目だけですが歩道橋から見て貰うことにしています。

ということで下見は無事終わりました。歩き通していないので、正確なタイムテーブルは作成できていませんが、出発、昼食、終着・解散と、チラシで案内している予定から大きくズレルことなく運営・実行できそうです。

当日のスタッフ・関係者の集合時刻等決めて帰路につきました。

歴史街道ウォークとの関係は特にないですが、

道端でPhoto_11 ヘクソカズラを見つけました。

見ただけでは可愛い花と思うのに、なんと可哀相な名前を付けられてしまって…。

万葉集には「糞葛(くそかずら)」として出てきます。

ざふけふに 延ひおほとれる 屎葛 絶ゆることなく 宮仕へせむ (巻16/ 3855)

今日の記事は長いですが、写真あと1枚。

ウォークの後はグっと一杯が期待なんですが、今日は…

Photo_12 決してギョウザにはノンアルコールビールが合っていると思っている訳ではありません。 たまには飲みたくても我慢となることもあります。














2018年9月 5日 (水)

台風

昨日の台風、きつかったです。

Photo  ベランダにどこかから瓦(カラーベスト)が飛んできて手すりが凹んでます。

停電が12時間以上続いたことも結構大変でした。いやあ、電気が来ないと生活成り立たないですね。Photo_2 「ラジオはどこだった?」と探し回って見つけて電池交換、まだ放送が聞けて良かったです。

Photo_3 食事は”キャンドルディナー”の趣ですね。

夜って暗いものだ、ということを実感しました。いつもは12過ぎまで起きていることが多いのですが、流石に昨日は早寝となりました。お日様が昇れば起きて、沈めば寝る。なんかシンプルライフっぽかったです。停電復旧時点では、未だEO光は復旧しておらず、電話・ネット・TVが使えず未だ不便でした。

被害状況をもう少し、

古い木造のPhoto_4物置は壁が壊れてしまいました。

そして、 親から譲り受けていてたガレージのシャッターは結構無残に壊れてしまいました。その他、写真出すのは差し控えますがいくつか被害は出ました

近所を見ても、屋根の瓦や屋根そのものが飛んだ家や、プラスチック屋根のガレージは屋根板が飛んだり、大物・小物の飛散物が見られます。

ただ、人的被害については我が家もご近所でも大丈夫なようで、それは良かったです。

物的被害も、じっくり考えれば、「この程度の被害でおさまったら不幸中の幸いと言えるだろう」と思っています。

今年の長かった猛暑日をはじめ、自然の力は大きい、人間が制御できないものはいくらでもある。自然を敬う気持ちを持ち、できるだけの対応・対策を取ることが必要ですね。














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