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2017年3月27日 (月)

万葉ウォーク「糸我の山の桜花」

足代過ぎて 糸鹿の山の 桜花 散らずもあらなむ 帰り来るまで
    (万葉集 巻7-1212)
 原文:足代過而 絲鹿乃山之 櫻花 不散在南 還来万代
 訓の補足: 足代(アテ)、現在の和歌山県有田市。 絲鹿(イトガ)、有田市糸我町
 訳: (都を出て、白浜へ向かう途中、紀の国の)有田を通り過ぎて、糸我の山を越えるとき、なんときれいに桜が咲いていることよ、この糸我の桜よ、私が帰ってくるまで散らずにあって欲しい。
Resize3284_2  (宮原・得生寺内の万葉歌碑)
そして糸我峠のResize3288_2 桜花(山桜)です。
 
26日、この万葉歌を追体験すべく、ウォークを実施しました。
天気予報では降水確率が高く、雨が心配でした。(予報によっては70%)
とにかく昼食まで降らずに持って欲しいと願っていました。
Photo 集合地はJR紀伊宮原駅。この1か月くらいでこの駅にくるのは3回目です(2回は到着駅でしたが)
私が主催側のウォークは「歴史街道ウォーク」と「紀伊万葉ウォーク」とがあります。
先日の古墳巡りウォーク(歴史街道ウォーク)は66名の一行でしたが、今回のウォークは16名と、こじんまりした一行となりました。スピーカー無しで話が通り、スタッフ数人で目が届く、ということでは適切な人数とも言えます。
駅で受付を済ませ、資料を配布し(コピー資料2種に加え、カラー版書籍と冊子)という超豪華資料をお渡しし、参加者に喜んで頂きました。
ウォークは駅を出て、熊野古道の標識に従い進みます。中将姫ゆかりの得生寺で、冒頭写真の万葉歌碑に出会います。
ここで歌碑の歌について当会のS副会長より、読み、意味、歌の背景、文字の揮毫者、など説明を受け、またもう一人B副会長から補足説明、犬養先生のことが語られ、大きな声で万葉歌の朗誦を行います。
 得生寺にも桜の木はありますが(ソメイヨシノ、枝垂桜)、ここではまだ咲いていませんでした。
得生寺から数分の稲荷前付近ではResize3285_3 すでに桜は咲いていました。
ここから登り坂となり、藤原定家が熊野の旅行記で「険阻を凌ぎてイトカ山を登る」と表現した糸我峠越えになります。でも標高200m弱ですから、ちょっと我慢して登れば峠に着きます。
峠には前掲の山桜が咲いており、たどってきた宮原の里、反対側は湯浅の方が見下ろせます。Resize3289 この峠。峠の茶跡で昼食休憩です。
ここまでの途中、雨がポロっと落ちてきはじめた瞬間はありましたが、お天気はもっています。 無事昼食を終えることができました。雨降ってたら昼食大変ですから…。
Resize3291枝ぶりや花の色の趣の違った山桜を色々と楽しめます。Resize3297_2
他にも、Resize3293 ツツジ(モチツツジ)や、
Photo_2 スミレ(ツボスミレ)も見られ、
 
ワラビも出ています。 Resize3296
わらびと言えば、生えている場面が違いますが、
万葉集の中で有名な歌
石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも
  (巻8-1418 志貴皇子)  を思い出します。
 
ウォークは役行者の祠や和同開珎が見つかった場所等を経て、明恵上人の修行地を訪ねます。Resize3298_2 修行地を示す卒塔婆のさらに先で、
 
 
Resize3279 こんな岩を登ると、
見晴らしは、Dsc_1807 素晴らしくなります。
少し下って、施無畏寺でも、 Resize3300_2 山桜が見られました。
ただ、この辺り、桜の木の本数ではソメイヨシノが多く、あと1週間か10日くらい先にはソメイヨシノが見頃になるかと思います。
この日の歩行数は、23,125歩となっていました。
ところで、この日デジカメを持参したのですが、SDカードを抜いていて、(ガッカリ)写真はiPadによるものです。
 
 
 
 
 
 

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