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2016年12月

2016年12月30日 (金)

色々ってタイトルです。

寒くなりました。年末でいろいろ忙しいです(主にカミさんの方ですがcoldsweats02)
いくつかの写真をもとにいくつかの話題です。
【雲】
Dsc_1538 昨夕の空です。
冬には珍しくうろこ雲がきれいでした。Dsc_1540
 
【ドローン】
今日、息子が帰省しました。年明けにアメリカ出張があるとかで2日の朝には東京に発ちます。 有名なお菓子屋のお菓子、というのも買っていましたが、写真を撮る前にお腹に入ってしまいました。確かに美味しかった。
Dsc_1545 これは、息子がヨドバシで買ったとかで持ち帰ったドローンです。今充電やソフトのインストールを行っています。
明朝飛ばしてみます。カメラも搭載しており、スマホで操縦するようになってるようです。
これは中国製で、息子の言によると中国製のマーケットシェアはダントツらしいです。機能も優れていて…。  
 
【お墓】
年末の墓参りに行ってきました。
Photo_2 墓を掃除して、新しい花を供えてきました。
これでお正月に気持ちよく、またお参りに来られます。
【時計】
時計が狂ってきました。Photo 右の電波時計は今正確な時刻を示しています。左の腕時計はソーラー電波ウォッチ。メンテナンスフリーで常に正確な時を示してきました。10年くらい前に買ったのですが、当時の最薄のモデルでした。
今でもソーラー電波では、最薄の範疇に入ります。デザインンも気に入ってました。
右の時計に対して10分くらい進んでいるのがお判りでしょう。
今、毎晩夜中に数分から10数分狂います。朝に時刻合わせすると夜まで1秒たりとも違わず正確な時を刻みます。夜中に電波を受けて調整するときに大幅に動いてしまうようです。
通常のクォーツ時計は1ケ月くらいすると若干の時刻修正が要るのが多いですが、このソーラー電波ウォッチ、電池交換は要らない、時刻合わせも要らない、まったく「アイソのない」時計でした。
今は、「そうかそうか、毎日面倒見てやらないかんのやな」と世話してやっています。happy01
ある意味、「かわいくなってきた」という気がしないでもないですが、狂わない方が良いです。
今、お客様サービスで聞いた、調整法を試しています。
治るかな?
 

2016年12月29日 (木)

古墳を見に

来年春の歴史ウォークとして企画しているコースに古墳巡りがあり、私は未だ一度も行ったことないところなので、どんな場所か調べに行ってきました。
Resize2003_2
利用した「足」は動きが自由な自転車でした。
Photo_11 バス道で見えるように標識があり、目的の 車駕之古址古墳は迷うことなく簡単に見つけられました。
私は自転車でここまで来たのですが、ウォークの参加者は、バスの利用以外に来るのが難しそうで、Photo_12 最寄りのバス停と、バスダイアはしっかりと調べておきました。
Photo_13 バスの本数は少なく、ウォークを考えると 参加者が使えるのは一本のバスだけで、これに合わせた集合時刻とすることが必要となります。
で、この車駕之古址古墳ですが、冒頭の写真にあるように、発掘後埋め戻して現在は公園地となっています。
全景としては、Photo_14 こんな感じで、小高い丘の公園ですね。
Photo_15 説明板が建てられています。
出土物はここでは保存されていません。
参加者にはこの地に立って、古墳のあった時代を想起してもらいましょう。wink
この駕之古址古墳のすぐ近くに、もう一つ「釜山古墳」があります。
Photo_16 ここは住宅地の中にポツンとある、小さな盛土という感じです。
ここを出たあとコース途中のスポットとして、Photo_17 大年神社があります。 まずまず由緒がありそうな神社です。
今回私は、ここまでで帰りました。ウォークコースとしてはこの後、大谷古墳、鳴滝遺跡(倉庫群跡:現在は高等学校敷地)と進みます。
この歴史ウォークコース、風光明媚な地を巡るというものでなく、山川草木自然がいっぱいというものでなく、歴史を思い起こすということになります。
直接目で見て楽しむではなく、見たものからイメージを膨らませてもらうことになります。
案内先生方の説明に期待が掛かります。
鉄道の駅を出発地・解散地にできないのは、少々不便感がありますが…。
 
ウォークファンよりも歴史ファンの興味を引くコースと思われます。
 
 

2016年12月26日 (月)

低山縦走トレッキング 高森山~四国山

クリスマスの25日、絶好の行楽日和に恵まれて、和泉山脈中大阪府最西端の高森山から四国山への縦走トレッキングを行いました。
Resize1947 標高300mに満たない低い山ですが、眼下の加太の海がきれいに見えるのはもちろん、その先淡路島、明石海峡大橋・六甲の山まで見通すことができます。
さらに、関空ブリッジも。
山登りの報告をさておき、ブログでは山を降りてからを記事とします。
  *****
山を下ってたどり着くのは、Photo 南海電車加太線の西ノ庄駅です。
ここから和歌山市駅まで出て、反省会となります。で、会場のセッティングについて私が地元であるため、任されます。  午後4時という時間のため、どこが開いてるか、心配だったのですが、駅地下で、
Resize1995 地下食堂街だったところで、1軒だけ残って営業している焼き肉屋さんに入りました。この駅ビルが出来て以来42年間の営業となるようです。でも年末で店仕舞いになる、と言ってました。ちょっと寂しいか。
ここでのお飲み物は、 Resize1993生中、焼酎(芋ロック)、および日本酒くらいでした。
で、お昼には、Photo_2 紅茶ラテのアルミ缶の中身には、大吟醸酒を仕込んで持っていってました。
家に帰ると、
Resize1998 こんな料理もあったし、
家飲みを始めてしまいました。Photo_3 これにはカミさんから、「酒量が多すぎるんじゃない?」とイエローカードが出されてしまいました。
私も、「ちょっと過ぎるかな?」とは思うので、これ以上は控え目にしました。
 (既に控え目ではない、レベルですねえ)
この後、歩きの疲れとアルコールで気持ち良くうたた寝したのですが、目が覚めてビックリ!
喋ろうとしたら、呂律が回らないじゃないですか。 ゾーっ。coldsweats02
怖っ!
反省しなくっちゃ。
少し時間が経つと、全く大丈夫って感じで、ホッとしました。
ええっ、山行きの本来の内容は明日にでもブログアップします。wink
 

2016年12月24日 (土)

急に思いついて四国山へ

四国山というのは「四国の山」ではありません。
 
Photo ちょっと地図が小さいですか。
地図上部は大阪府岬町、地図左側および下部は和歌山市です。
府県境は和泉山脈の最西端部分となります。 ここに四国山があります。
で、今日(23日)は朝から何となく、「部屋は片付けなきゃいけないなあ、」、「万葉仮名も勉強始めたところよなあ」、「更生保護の機関誌の記事も読まないと」、「文化庁補助金申請事業の書類もあるわなア」とか思いながら、時間を過ごしていました。
ところが昼前に「そうだ!四国山に登ろう!」って思い、正直なところルートも知らずに昼食後自転車に乗って家を出ました。
予定では南海電車加太線の西庄駅あたりから、北に進むと山に至るはずです。
標高241mと高くはない山ですから、登山口くらいまで自転車で行き、そこから歩いて登って帰ってくればいいだろう、との考えでした。
  (結構甘い考えでした)
Resize1888  結果的には行って無事帰ってきたのですが
先ず方向として和歌山北高西校舎(元の和歌山西高校)の方に向かいます。
ところが、これがキツイです。自転車で上がれない。降りて押して歩くことに。
 「ここの高校生はこんなキツイ坂の高い所へどうやって通うんだろう?」って思いましたネ。
高校を過ぎても未だ舗装道路が続きますが、車や人に出会うことは、先ずありません。
実際には1台車に会いましたが。道は登りも下りもあります。下るということは、同じ道を帰るとしたら登らないといけないですね。帰りにも登りがあると考えるとウンザリでした。
Resize1875 途中にこんな標識があり、
「ああ、ここは加太・友が島から始まる葛城修験のルートなんだな」と実感しました。
この地で、Resize1880 これくらいの標高です。
あと70mか、大分上がってきたな、と思います。
ほどなく、Resize1881 四国山登り口に至ります。
山頂まで500mくらいと書いていました。
ただこの時点で15:00を過ぎていて、帰りの時間が気になるところとなりました。
Resize1884 これがこの地点の標高。山頂まで20m余りの標高差です。
で自転車をここに置き、Resize1885山道を登ります。
Resize1886 こういう標識を見て道が間違ってないことを確認し、Resize1888_2 展望所に至ります。(ここは未だ山頂とは違ってました)
Resize1892 これは紀の川河口とその先は雑賀崎です。
Resize1890 これは加太・友が島とその先は淡路島ですね。
ここからさらに少し下って登って、Resize1898 山頂広場、
そして、
Resize1901 山頂展望台があります。ただしこの展望台は階段が崩れかけていて登壇禁止となっていました。
登山は本来ならここから、Resize1900 高森山へ尾根伝いに行くのですが私は自転車まで帰らないといけないので、引き返しました。
元来た道を帰らずに(良かったです、別の下りの道があって)、和歌山市の森林公園の方に下ります。Resize1909
この先で、加太の休暇村・深山へ行く道と、Resize1911
新しい広い道とがあります。近くで工事をしている人に聞くと、この広い道で和歌山市に抜けられるとのことで、こちらを選びました。
良い舗装で緩やかな下り、さらに車の通行は殆どない。自転車で快適に走れます。
ドンドンスピードが上がるので怖くなってブレーキを掛けながらでした。
 (以前、自転車でこけてかなりな怪我をした経験あり、スピードが出るのはホントに怖くなっています)
この道を下りて分かったのですが、これは”コスモパーク”という大工業団地への道なんですね。未だ土地は空いていますが…。降りたところは、”つつじヶ丘”という和歌山市が開発した大規模団地に至ります。
四国山からの帰りは基本的に下りばかりで、暗くなる前に楽に帰れました。
ホっ。
結構疲れました。汗も搔きました。
 
 
 

2016年12月22日 (木)

あしひきの  (万葉オタクのつぶやき)

Photo いきなり万葉歌碑です。
この歌は、奈良県で当麻寺近くにあるもので大津皇子の歌が彫られています。
あしひきの 山のしづくに 

(

いも

)

待つと われ立ち濡れぬ 山のしずくに(巻2-107)
歌碑には「足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沾 山之四附二」という原文が記されています。  3年ほど前、二上山にハイキングしたときに撮ってきたものです。
さて、先日の稲岡先生の「萬葉表記論」には白旗を上げ、読むのを放棄しましたが、万葉集の表記について素人興味で調べています。
この歌は大津皇子が石川郎女に贈った歌で、これに対する石川郎女からの返歌が万葉集の次の歌になっています。大津/郎女は不倫関係で、これが大津の謀反の罪・死罪の遠因ともいわれています。
今回のタイトルは「あしひきの」です。万葉歌の表記に関しての内容です。
「あしひきの」は「やま(山)」に掛かる枕詞として知られています。
萬葉集で「あしひきの」の言葉がある歌は、なんと112首もあるのです。多いでしょう!
トップクラスの出現頻度の言葉だと思います。
今日は、この「あしひきの」の表記について、にわか勉強の内容をお伝えします。
上の大津皇子の歌では、この部分の原文表記は「足日木乃」です。
「ひきの/日木乃」は一字一音の万葉仮名ですね。 
因みに石川郎女の返歌にも「あしひきの」の言葉はあり、「足日木能」と表記されています。
大津の歌と「の」の部分が「乃と能」とで変わっています。
Asihi  本文と直接の関係はないですが、あしひきの、がある万葉歌碑です(柿本人麻呂の歌です)
この「あしひきの」ですが、「あしひき」の部分に対する表記が20種類もあるのです!
うわあ信じられない、全部を紹介できない。coldsweats01
あしひきで20、「の」の部分は、「(不記載)、乃、之、能、崑、笑」とまた複数あり、この組み合わせですから数えてられないですよね。
 
まず一字一音タイプでは、あしひき部分は
安之比奇   安思比奇  安志比奇  安之比紀  阿之比奇 安思必寄  安志比紀
こんなのがあります。それぞれ微妙に異なっており、違っているんですよ。
訓読み混じりの表記は、
足日木(「あし」が訓読み)、足引、足桧木、悪氷木、蘆桧木 などがあります。
ああ疲れた。未だ全部に行き着かないです。  止めました。
 
今、こんなマニアックなことに興味をもっています。
2 本題から少し外れますが、真土山の万葉歌碑です(原文表記)
 「朝毛吉(あさもよし)」の表記や「亦打山(マツチヤマ)」の表記に興味をもっています。
 
 
ところで、萬葉集には他に戯書と言われる表記があり、
掛け算の九九から取った読み方
 例えば十六と書いて「シシ」と読む、二二と書いて「シ」と読む(ニニンガシから)
 
向南山と書いて「キタヤマ」と読んだり、(南を向いている、つまり北)
頓智で読む表記群もあります
こんなのが面白いって感じちゃうと、オタクの世界みたいになってきます。
 
ああ、また訳の分からぬことで眠られなくなる。
  というのはウソで、こんなことやってると頭が疲れて眠くなってきます。
 
でも、もう一言。万葉集は原文を見ると、また違った味がでてきます。
 それに、何で? という疑問もいくらでも膨らんできます。
 
 

2016年12月21日 (水)

みかんを買いに

今日は有田市まで、ミカンを買いに出ました。
Photo アルギットみかんという、海藻を肥料に使った栽培法で作られるみかんです。 甘さが濃いんです。殆どの人で違いが分かります。
大きさは小粒になり、見栄えの面では劣ります。でも分かる人には分かる、ものです。
 
毎年、有田市の農家さんに買いに行き、自家用と知人等への進物で贈っていました。見栄えでの気を使わなくても良い、小さくても美味しければよい、という相手に贈ってきていました。
ところが昨年は、農家さんの方から「今年は出来が悪く、売れる品質の品物が獲れなかったので販売はありません。」と言われ、買えなかったのです。
今年は、出せるものが出来ました、との連絡を貰い、本日有田市まで買いに行きました。
実際に味見をさせてもらい、納得の味だったので、11箱ほどの発送をお願いしてきました。
 
で、我が家用は、Dsc_1506 形が不揃いだから、ということで、無料で提供してくれました。
これ以外にも少し味の傾向の違う分も貰いました。(収穫後若くで甘みの熟成が不十分、やや味が尖っている) 
私は写真のものが好みで、カミさんはむしろ若い方が好みと言ってました。
いやあ、自家用をたっぷり無料で頂きラッキーでした。
この農家さんに行く途中で、Dsc_1504 パン屋さんに寄りました 。 ”パンコリス” おいしいパン屋さんです。パングルメの女性なら大概はこのお店を知っています。私も以前県立図書館の自習室に通っていた頃はこのお店が定番でした。
午後になると食パンは売り切れとなる日が殆どです。久し振りにここのパンを買って、明日の朝食が楽しみです。
 
今日行ったお店はもう一つ、家から有田市方向には反対ですが、イオンモール和歌山店に行きました。
Photo_2 イオンカードを作って、このディズニーのお皿をゲットするためです。
いや、自分で使うためじゃありませんよ。お正月に孫がくるので、あげたら喜ぶかな、って思ったからです。
話は変わりますが、Photo_3 昨日図書館でこんな本を借りたのですが、昨日・今日ちらちら眺めていましたが、降参です。
書いてる内容が理解できません。いやあ難しい。専門研究者用の本ですねえ。
素人は白旗上げて退散となりました。(もうこれ以上読めません、図書館に返却します)
 
 
 

2016年12月20日 (火)

これはモミジではありません

紅葉を紹介した、私のお散歩道である緩衝緑地公園には、
Photo こういう光景もあります。
季節柄、紅葉と言いたいところですが、ちょっと違いますネ。
他にも、Photo_2 これもあります。
 
実はこれは、松枯れです。
この木の少し先の運命は、
Photo_3 きっとこうなります。この木の再生は無理で、他の松の木に枯を伝染させないため、伐採されるのです。
この林の中には他にも、Photo_4 このように、テープを巻いてマーキングされている松の木が何本かあります。
何のマークかと言えば…、伐採が必要なという印です。
この松枯の原因は寄生虫で松を枯らすとさらに繁殖しやすくなるようで、枯れた松は放置せず伐採・除去作業が必要となるのです。
コワイですねぇ。
人の手入れが難しいような松林では、林の殆どが枯れてしまうような被害となる恐れもあります。
紅葉は楽しめますが、この松(常緑樹)の変色は要注意ですね。
 

2016年12月17日 (土)

またまた雑賀崎・和歌の浦

私のお友達が、来年和歌山でイベントを企画しており、和歌浦・雑賀崎を訪れる計画となっています。で、下見もあり、こちらへ来るというのでチョコっとお付き合いしました。
和歌山駅前で会議を行い、その後バスをチャーターして雑賀崎・和歌浦を見物するとのことです。
 
Photo_11 番所庭園で雑賀の海の眺め、眼下の”雑賀の浦 ”の島々を愛でることとなります。(番所庭園には万葉歌碑がありますが、入場料が高いので私は入ったことないのですが)
雑賀崎の陸地側の、Photo_12 和歌山のエーゲ海風、の景観は見て通って貰うことになるでしょう。
Photo_16 宝来岩と和歌浦の海、その先は名草山です。
 
高津子山登りは時間の関係で断念し、玉津島神社に行くこととなるでしょう。
ここには、万葉歌碑が3つあります。
これまで、Photo_13 山部赤人の歌碑2体に注目・紹介してきました、ここには
11 この歌碑も別の場所にあるのです。
歌は、”玉津島 見れども飽かず いかにして 包み持ち行かむ 見ぬ人のため”(藤原卿   
 巻7-1222)
この神社の裏にある奠供山(低い山)に上り、それなりの眺望を楽しみます。
そして片男波公園・万葉館に行きます。
Photo_14 今日の客人二人は写真に収まってくれました。
こんなところがお付き合いした来年の行事の予定コースのようです。
 (私は企画者でないので無責任に言ってますが…)
この後、和歌山市の墓地に万葉歌碑がある、との話でそちらにも向かいました。
その結果は?
  別途の報告となります。
Photo_15 最後の写真は和歌山駅前の「けやき大通り」がクリスマス電飾できれいになってました。

熊野古道歩き

15日は熊野古道歩きで、印南駅から岩代駅間のお散歩でした。
Photo  集合はJR印南駅、無人駅です。
和歌山~印南間の電車はガラガラじゃないか、との予想に反して通勤・通学の客(ほとんどが高校生ですが)で結構混んでいました。
 
この熊野古道歩きは、私の万葉グループの仲間のAさんが主宰している会で、毎月熊野古道を歩いています。私はこの会に初めての参加でした。
駅を出ると、目に入るのはPhoto_2 南部町の町おこしシンボルらしい”かえる橋”です。
 ウォーク仲間と、どんな意味があるんだろう? 「無事帰る」、「故郷に帰る」とか勝手な意味づけを行っていましたが、帰宅後調べてみると;
「考える」「人をかえる」「町をかえる」「古里へ帰る」「栄える」という5つの「かえる」 にかけたキャラクター、という説明がありました。  目立つ橋です。
歩き始めて、最初は東光寺を訪れます。ここは小栗判官・照手姫伝説のあるところで、またPhoto_3 県指定の天然記念物となっている、大きなナギの木があります。
次の訪問は切目王子でした。Photo_5 着いてみて思い出したのですが、この王子は数年前車で訪れたことのあったところです。その時は秋祭りの直前で、氏子の若者が獅子舞の練習をしていました。
この王子の近くにPhoto_4 切目山の万葉歌碑があります。碑の表面が光って写真がうまく撮れていません。
歌は、『殺目山 行き返り道の 朝霞 ほのかにだにや 妹に逢はざらむ 巻12-3037』です。
歌意は、「切目山を行き来する道に立つ朝霧のように、せめてほのかにだけでも、あの子に逢えないものであろうか」というものです。
この歌碑の前で思わぬハプニングが…。
 出発地点で新参者の私は自己紹介・挨拶をしていたのですが、「万葉関係者」と紹介されていたせいか、碑を見ていた人から、「この歌を万葉調で歌って(朗唱して)欲しい」とのリクエストが出され、断り・尻込みしたのに、ままならず声を出して朗唱することに…。
  冷や汗タラタラでした。
 
この日、朝早くは寒かったですが、お天気は上々、お日様ぽかぱかで歩いているうちに熱く感じるほどでした。
次の切目中山王子は小高いところにあり、見晴らしが素晴らしく、
Photo_6 海もきれいで、遠く四国の姿がくっきりと見えていました。
行程は、Photo_7 熊野古道っぽい、ちょっと感じの良い山道部分も歩いて、
Photo_8 昼食はこんな感じでハイキング気分ですね。
この草地には野蒜があちこちにあり、「これは食べられるよ」との話で野蒜取りを何人かで行ってました。中にはその場で生で食べる強者も居ました。でも生で食べて美味しいものじゃないと思うのですが。
 
この後、有馬皇子の結び松の万葉歌碑、松の碑、を経て岩代王子まで歩きます。
Photo_9 岩代の有馬皇子の歌碑
原文: 磐白乃  濱松之枝乎  引結  真幸有者  亦還見武
訓読:磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また帰り見む 
 有間皇子が謀反の罪で白浜まで連行される時に、松の枝を結んで、無事を祈った歌です。 (無事だったらまた帰りにこの松を見よう)
 
Photo_10 最後に岩代王子を訪れて、今回の行程は終了です。 JRの時間の関係で、岩代駅までを大急ぎで行き、帰路に付きました。
 
楽しく歩けました。 日程等会えば、また参加したいです。
 
 
 
 

2016年12月14日 (水)

カメラテスト(ズーム)

今日はかなり寒かったです。ボチボチ冬らしくなってきますかね。
明日の熊野古道歩きも寒いかも…。でも歩き始めると暑くなってしまうので、どのような服装にしようかと考えてしまう。
さて、昨日引っ張り出したニコンのデジイチ、
W_re ズームテストの被写体を求めて、和歌山城へ。
結果は以下です。広角側から順に望遠に行きます。
Ren_18mm 天守閣を狙っています。先ずは18mm
次は、Ren_35mm 35mmです。未だ広角感がありますね。
Ren_55mm  55mm。標準ズームレンズの最望遠側となります。  ここでレンズを望遠ズーム(55-300mm) に交換します。
手持ちではブレを起こし易いですが、頑張って手持ちです。
そして、Renz102mm これは100mmになります。
ちょっと望遠感がありますね。
Renz200mm  200mmとなりました。
最後は、Renz300mm 300mmです。これは望遠鏡で見る感じです。
望遠レンズは単に遠くを写すのでなく、被写界深度を浅くして周りをボカス効果とか、使う目的は色々あるのですが、未だ初心者(いつまでたっても初心者)の私には、使いこなせないです。そして重い!   やっぱり使う機会は少ないですね。
Photo_3
話題は別ですが、今日は県立近代美術館にも行ってきました。
Photo 興味のある企画展をやってました。
いつもより高い入場料(1,000円)となっていましたが 、65歳以上で無料で入れました。
美術館、博物館、お城等に無料で入れるのは嬉しいですね。
今回は500円出して、Photo_2 音声ガイドを借りてみました。ガイドを聞きながら見ると、やっぱり理解が深まるような気がします。
それと間違いなく見て回る時間が長くなります。
これから時間があるときはケチらずに音声ガイドも時々は使っていこう。
 

2016年12月13日 (火)

あ~めが ふぅります 雨が降る

今日の気分はブログタイトル通り、終日しとしと降る雨で、「(何々)したし、(なに)がなし」の歌がぴったりでした。雨の降り方も、この歌の雨とはこんなイメージやな、というもので…。
何か、このところ忙しかったのが、今週ヒョコっと暇にもなったし、ヒマやなあ、と思いながら過ごしました。
しかし「何もしなかった」ではブログ記事にならないので、とにかく今日一日を振り替えると…。
〇床屋に行きました。これで年が越せます。チョコっと男前が上がってくれていたら良いですが。
〇領収書探し
ボランティアグループの事務局をいくつかやっていて、会計処理・清算を言われていました。 会費・参加費等の収入を個人のポケットに収めてしまっていたり、色々建て替え払いしていたり…。 使い込みがバレルとお巡りさんのご厄介になってしまいますネ。
 幸いにして立て替え分が多いようで、まっ清算すれば戻ってくるようです。
ただ、「領収書を用意しといて」と言われています。当然のことですが、「有ったかなァ、どこへ置いたかなあ?」と焦ります。
結果、
Photo こんなのやら、
 
別の領収書では、Photo_2 こんなのが色々出てきました。  これで良いでしょうね。
因みに領収書と言えば先日もらったのは、
Photo_3 これでした。 領収金額がねえ…。
「領収書要らない」って言ったんですが、「ここはお役所で、金額に関わらずお金の収受には証書が付きます」と発行してくれました。領収書発行のコストってどれくらいになるのでしょうネ。
〇カメラの望遠ズームレンズについて
カメラもコンパクトデジカメ、からデジタル一眼、レンズ交換式デジタルカメラ(ミラーレス一眼)とか持っており、さらにスマホやiPadもカメラとして活用しているので、使い分けが難しいです。
今回W_re_2 ニコンのWズームキットと、
Sonyw_re_2 ソニーのWズームキットを出してみて、
買うときは割安感があるので、望遠ズームをセットで購入したが、使う機会が少ないなあ、と実感しています。デカいので持っていくのが面倒なんですよね。
カメラ本体も、ニコンは殆ど使っていません。ソニーの小ささ、軽さが何と言っても魅力です。
で、撮影テストを、と思って取り出して、チェックと考えました。
 
画像は別の機会に…
 
 

2016年12月12日 (月)

モミジ を詠った万葉歌

万葉集でモミジに関する歌を調べていると、面白くなってちょっと読み耽っていました。
自分自身のメモの意味が強いですが、しつこく万葉と黄葉について…。
Photo   (根来寺)
文字ばかりでは味気ないので、私がこれまでに写した写真を混ぜ込みます。
 
さて、万葉集で最初に出てくるモミジの歌は、(巻1-16 額田王)の長歌で、モミジの部分は;
 
…秋山乃 木葉乎見而者 黄葉乎婆 取而曾思努布…  であり、読み下しは;
秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてそしのふ…  です。
 
【黄葉乎婆】 の部分は「モミチオバ」になりますね。 モミチバオバと読むと字余りになります。
この歌は天智天皇が、春の山の花が一斉に咲き始める景色と、秋山の色付きとどちらが趣が良いか?と問いを発したのに、歌で応えたもので、額田は秋に軍配を上げたのです。
 春の山は鳥が唄い、花が咲き誇り見事だけど、草木が茂り、山に入って手に取って楽しむことができない。秋山はモミジの葉っぱを手に取って楽しむことができるので秋が好き、というように歌ったのです。Photo_2 (宇治平等院)
次は「モミチバ」と読む例です。(巻10-2210)
 
明日香川黄葉流る葛城の山の木の葉は今し散るらし
 
原文: 明日香河 黄葉流 葛木 山之木葉者 今之落疑
  ここの「黄葉流る」は「モミチナガル」では字足らず、「モミチバナガル」でぴったりです。
 ただ、「流」を、ナガルルと読めばモミチが妥当ですね。でもここは「ナガル」と読むようです。
 
意味は、明日香川を(色付いて落葉した)モミジの葉が流れて行くよ、(私の故郷の)葛城の山でも木の葉が今頃散っているんだろうなぁ。 というものです。
Photo_3 これは永平寺にて
紅葉の色が変わっていく様子の変化を詠ったものもあります。使われている字に注目です。
九月  白露負而  足日木乃  山之将黄變  見幕下吉 (巻10-2200)
『黄變』と書かれていますね
歌の読み下しは;
ながつきの 白露負ひて あしひきの  山のもみたむ 見まくしもよし
 「黄変」を「モミタム」と読んでいます。 モミツ(黄葉する、という四段自動詞)の活用形ですね。  「黄色く変わる」、分かり易いです。
 
モミジは挽歌(死者を追悼する歌)としても色々詠われています。
Photo_5
 
柿本人麻呂が妻を亡くして悲しむ歌があります。長歌の後の反歌ですが、
 
秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道知らずも  (巻2-208)
 
 原文: 秋山之 黄葉乎茂 迷流 妹乎将求 山道不知母
秋山に入り紅葉が茂っていて路に迷って帰れなくなった(死んでしまった)妻を探しに行きたいが、自分も道が分からない  悲しいなあ
 
 
Photo_4  (熊野古道爪がき地蔵)
 
 
万葉集で有馬皇子とともに悲劇の皇子として知られている、大津皇子の歌で、(巻8-1512)

「 経(たて)もなく緯(ぬき)も定めず少女(おとめ)らが 織る黄葉(もみちば)に 霜なふりそね 」   
 
原文: 經毛無 緯毛不定 未通女等之 織黄葉尓 霜莫零
機織りの縦糸・横糸と決めずに自由に織りなす自然の山の色付きを詠み、霜が降って散らないで欲しいと言ってるとのことです。
「織黄葉尓」の「織」を、オルと読めば黄葉は「モミチバ」になりますが、別の説では「織」は「オレル」とも読んでいます。そうなると、黄葉は「モミチ」となりますね。
なんか結構疲れてきました。Photo_6紅葉でなくて、秋の風景として、かつらぎ町の柿です。これほどたわわに実った柿の木は実は収穫・出荷されるものとは違います。
最後の万葉歌はかつらぎ町が舞台の「紀伊万葉歌」です。
原文:勢能山尓  黄葉常敷  神岳之  山黄葉者  今日散濫 (巻9-1676)
読み:背の山に 黄葉常敷く 神岳の 山の黄葉は 今日か散るらむ
 背ノ山:今居るかつらぎの山、 神岳の山:故郷大和の国の山
黄葉が2度出てきています。
終わります。  紅葉、黄葉することを詠んだ万葉歌は100首を超えてあるので、
こんな調子で紹介していたら、終わりが来ないですねえ。
今回のブログに最後までお付き合い頂いた方、有難うございます。お疲れさまでした。happy01
 
 
 
 
 

万葉集の中の”もみち”

”もみち”と万葉集についてブログで触れました。
もう少し調べたので、押し売りで薀蓄します。wink
  (写真無しのテキストだけです   面白くはないですが)
万葉集で、今でいうモミジ、紅葉することの歌は100首以上ありますが、
”紅葉”という文字が記載されているのは1首だけです。殆どは〝黄葉”表記です。
この紅葉表記の1首を紹介します。(巻10-2201)
 黄葉を詠む、という題詞のもとでの40首くらいの歌群の中にあります。
原文:妹許跡  馬鞍置而  射駒山  撃越来者  紅葉散筒
 
読み下し: 妹がりと 馬に鞍置きて 生駒山 うち越え来れば 黄葉散りつつ
 
訳:妻の許へと馬に鞍を置いて生駒の山を越えて行くと 紅葉の葉が止むことなく散り続けていた
  何故か良く分からないですが、原文(万葉仮名)では「紅葉」が読み下しでは「黄葉」となり、解釈では「紅葉」の文字表現となっています。
 これは平安時代の万葉集の写本(原文/読み下し文がある)が、黄葉となっていたのでしょうね。
 
 
紅葉する・黄葉する植物について
【銀杏】
 銀杏について詠われている例はありません。銀杏が日本に伝わったのは平安以降と考えらえています。
ただ、『ちちの実の 父の命(みこと)  ははそ葉の 母の命(みこと)…  巻19-4164 大伴家持』の歌の”ちちの実”のチチが、銀杏である、との説があるようです。主流は、チチはイチジクかイヌビワとされているのですが。
 
【カエデ】  今は紅葉といえば楓とされるくらいですが、
 万葉時代にもこの植物はありまして、「かへるで」と呼ばれていました。子供の手をイメージしていたようです。 蛙の手じゃないと思いますが…。
ただし、楓が赤く色付くというより、黄色になる、と感じられていたとも思われます。
 まっ、万葉集では紅い葉も黄色い葉も原則は全て、”黄葉”と表記されますが。
カエデの歌は、巻8-1623
原文:吾屋戸尓  黄變蝦手  毎見  妹乎懸管  不戀日者無
読み下し:我が宿に もみつ蝦手 見るごとに 妹を懸けつつ 恋ひぬ日はなし 
  カエデはカエルデ(蝦手)と表記され、また黄変と書いて「もみつ」という動詞を表しています。  楓が紅くなるのでなく、黄色に変る、とされていますね。
 
その他モミジするとして詠われている植物
萩、茅、梨、葛などがあります。
例えば、巻10-2186に
原文:秋風之  日異吹者  露重  芽子之下葉者  色付来
読み下し:秋風の 日に異に吹けば 露を重み 萩の下葉は 色づきにけり 
 というのがあり、萩の色付きを詠んでいます。
 
長くなったのでこの辺で。
 
 
 

2016年12月11日 (日)

もみち 色付く葉っぱ

お散歩公園(緩衝緑地)を歩くと、色んな木の葉っぱが色付いています。
Dsc_1436
桜のように、もう散ってしまった木も少なくありませんが。
Dsc_1438   や
Photo   クヌギです、他にも 見られます。
 
ところで、紅葉も黄葉も「もみじ」と読みますね。そして紅葉の代表格は「かえで」であり、黄葉は「イチョウ」かな、と思います。
でも万葉の時代は「もみち」と濁らずに読んでいました。そして字は「黄葉」です。
黄葉表記は80首ほどあるようですが、紅葉表記はたった1首だけなんです。古今集くらいから紅葉表記が増えてくるようです。
紅葉していない木ももちろんあります。
色付いた葉、落葉した木が多い中で、Dsc_1477 クロガネモチの深い緑と真っ赤な実のコントラストも目を楽しませてくれます。
 
さて、もみちは名詞だけでなく、”もみつ”(秋になって木の葉が色付く)という動詞でも使われていました。
 
公園でも、Photo_2 コナラ、やコブシが黄色くもみちしています。
Photo_3 ナンキンハゼは赤・黄に色付いています。
 
 
手入れされた寺社の庭園ではカエデをしっかり植えていますが、この公園や自然の里山では、いわゆる雑木が色んな状態・色で色付いています。
これらも結構風情があります。
安易に金子みすゞの一節を引用してはいけないですが;
「みんなちがって、 みんないい。」  と感じました。
補足ですが、万葉集で「黄葉」は、「もみち」と読む場合と「もみちは」と読む場合があります。 5,7,5,7,7の関係で判断することとなります。
 
黄葉の代表格イチョウは、Dsc_1430 落ち葉絨毯としてキレイに見えていました。
 
 
 
 

2016年12月10日 (土)

宴会が多い

毎日が宴会…。
今夜は梅田で、高校の同窓生関西在住者での忘年会。
12月に入り、今日で3度目の宴会。未だありますねぇ。
で、来年の宴会の準備も…。
自治会の新年会のため、役員が会場との打ち合わせに行ってました。Resize1868 ここが会場です。加太にあります。
数年前にもここで開催したことがあります。今年7月にリニューアルしてきれいになっています。 今は”休暇村”だけの名称ですが、以前は国民休暇村と称していたと思います。
 そのせいで、ここを”国民宿舎”と思っている人が多いです。
 この休暇村加太は平均的な国民宿舎よりはグレードが高いようです。
少しまえにウォークした和歌浦も海がきれいでしたが、ここ加太も眼前の友が島からその先に淡路島、さらに東は神戸・六甲、西は四国・徳島が臨まれます。
Resize1872 風光明媚ですね。
打ち合わせは、料理、部屋、カラオケ、入浴、…送迎バスと時間、…。先ずは大まかには決定しました。細かいことは未だ今後詰めていけばいいでしょう。
Resize1867 送迎はマイクロバスが2台となります。
忘年会・新年会、ウーン飲みすぎに注意しないと…。
 
 
 

2016年12月 9日 (金)

堺市で歴史研究会

昨日(8日)は歴史研究会の例会で堺市まで行きました。
Photo
歴史研究会と言っても、学術の会ではありません。元の会社のOB会で、歴史が好きな仲間が集まり、懇親する会です。日本の歴史に係るスポットを訪ねることが多いですが、宇宙の歴史と銘打ってプラネタリウム・宇宙科学施設を訪問したこともあります。
集合場所は南海電鉄堺駅。前日に集合時間に合う電車を駅ナビで調べていたのに、当日になって思い違いで1本早い電車に乗ってしまいました。(これもボケの兆候でしょうかねえcoldsweats01)
和歌山/難波は通勤その他よく通っていたのですが、堺駅の外に出たことは殆どないですね。Photo_2 駅前のモニュメントも、記憶になかったです。20年前からあったようですので、そんな以前から駅前に出たことなかった、とも思えないのですが…。ところでこのモニュメント、ウーン、野暮な私には「クエスチョンにちょっと似てるんじゃ?」なんて思っちゃいました。芸術家に悪いですねえ。
Photo_3 不死鳥が未来に羽ばたく姿、と説明されていました。  なるほど、です。
駅前散歩では、Photo_4 橋の上に異人さんが居たり、
Photo_5 船が出ているらしい看板もあり、商人の町だった堺って面白そうと思いました。仁徳天皇陵他古墳群もあるし。
さて私たちは、駅近くの千利休の屋敷跡や利休・与謝野晶子の記念館を訪問。
寺ばかりの地域で、妙国寺で蘇鉄の庭園の鑑賞、堺事件で切腹した土佐藩士の話を聞き、遺品を見たりと進みます。Photo_6 土佐藩士墓所との標識です。
阪堺線の路面電車(チンチン電車でなく新しい車両でした)で天王寺まで出ました。
天王寺駅前で忘年会を兼ねたハンセー会となります。
Photo_7 しっかり飲み、食べ、しゃべりました。
反省会そのものを反省しないといけないかもしれませんネエ。
年末は宴会が色々あります。火曜日はライセンス協会での報告(先使用権とかいう訳の分からない話)の後は忘年会でした。
それに明日は高校の同窓会(同期会)で大阪に出ます。
まだまだ、忘年会ありますよ。  毎日が日曜日から毎日が忘年会になっちゃうかも。
 
 
 
 

2016年12月 7日 (水)

自治会広報紙

 少し寒くなってきました。数日前から咳が出て、声が出なくなったり、風邪の症状があります。熱はなく、格別しんどい訳でもないので一応市販風邪薬は飲みましたがそのままです。
大丈夫でしょう。土曜日の和歌浦ウォークで汗をかいたのち着替えをしなかったのが悪かったかも…。
 和歌浦ウォークと言えば、J:COMさんのウォーク同行取材とインタビューを受けていて、本日ニュースで放送するとのことでした。  見てないなあ。
Photo 記事タイトルにある、自治会(連合自治会)広報紙です。昨年夏くらいから準備を始め、今年新年に創刊号を発行しました。編集委員をやってます。
 2回/年の発行。4ページのボリュームです。
現在来年新年号(年末に各戸に配布)作成の追い込み・校正中です。私に1ページ分任された、この地の今昔の記事が完成が遅れています。 ヤバイです。coldsweats02
 地域の古老に聞く昔の様子や、大昔は未だこの地は海の中だったとう推定地形図の話、近年になっての顕著な変化・エポックを綴ろうとしています。
近年の変化では、Photo_2 【ビフォア】
Photo_3 【アフター 】 といった感じの
視覚に訴えることもします。
ともかく、第1稿の修正を早く仕上げ、内容・表現・ボリュームで整合させることが要ります。
今日は地図資料を探して、市立、および県立図書館、県立文書館での調べものもありました。 (「てにおは」の修正程度でない大幅書き換えでした)
 明日は修正の第2稿を提出します。これで最終校正に持ち込みたいです。印刷屋さんと時間競争になってます。
 
 
 
 

2016年12月 4日 (日)

市場まつり

毎年12月の第一日曜日は和歌山市中央市場の”市場まつり”が開催されます。
  (今日はブログを連荘でアップです。)
市場で扱っている、野菜・果物、海産物などが直接市民に販売されます。また”鍋まつり”では大鍋で用意される各種の鍋料理が安価で提供されます。
さらにお祭りですから、歌や演武、マグロ解体ショー、子供向けイベント、縁日風飲食物屋台など多彩な行事です。
Photo_8 大人も乗れる、「ミニいちご電車」が走っていました。
5年くらい前からカミさんと二人で出かけています。
 
大鍋料理は、クエ鍋、フグ鍋、カニ鍋、あんこう鍋、石狩鍋、マグロ鍋などあります。
Photo_2  スタッフが鍋の準備中です。
 
多くの人が、我が家もまたクエ鍋を狙っています。  どの鍋料理にも開始前から行列ができ始めるのですが、Photo_3クエ鍋は別格の行列の長さとなります。上の写真でも沢山の人が並んでいます。しかし行列は未だ未だ続き、
Photo_4 建物からあふれ、外に出て折れ曲がって、どこが最後尾かわからないくらいです。 (料理提供開始まで未だ15分くらいあります) 
これが毎年のことです。
Photo_5 料理の提供が始まりました。
因みに鍋料理は発泡スチロール丼で提供されますが、料金はクエ鍋500円、フグ鍋400円、カニ鍋500円などマグロ鍋は200円です。
さて、私もGet クエ鍋Get !です。
フンフン、結構大きなクエの身が入っている。3切れあるワ。
パフパフ、コリコリ、うん美味い。 ウーン、ま500円なら満足、満足。happy01
さて次は、ウーン、カニが欲しい所だけど行列が長すぎる。
列のちょっと短いフグ鍋に並び、Photo_6 フグもゲット!。
ただし、これはPhoto_7 ジャーに入れて持ち帰り。
夕食用となります。
このジャーで持ち帰る、というのを他の人がやってるのを見掛け、我が家も2年くらい前から真似して実施しています。 このジャーは殆ど鍋料理持ち帰り専用での使用です。coldsweats01
あと、パイナップルを買い、野菜を買いですが、魚(塩鮭、数の子…)は今年は売り切れが多かったようです。
市場まつりの締めは、Photo_9 マグロ丼です。
500円。  しかしマグロの量は半端じゃないです。lovely
 
お味もバッチリ!  結構でした。
どうも年々参加者数が増えているようで、市場の広い駐車場が溢れ、少し遅く来ると、近くの空き地、また波止場まで車を置きにいかなくてはならなくなります。
私の場合、開始時刻の30分以上前には着くように行ってます。
 
 

歴史街道ウォーク 本番

12月3日、好天に恵まれ「歴史街道ウォーク -名勝和歌の浦 聖武天皇行幸の地を歩く-」が実施されました。
Photo  (ウォークのチラシです)
すでに何度も”下見”記事をアップしていたイベントの本番です。
7月の企画が雨で流れてしまい、その再チャレンジ実施です。
お天気に恵まれたことは何より嬉しかったです。
また、昨年から私の企画主催のウォークで2度怪我人を出してしまい、かなり気になっていましたが、一人の怪我人もなく、無事ウォークが終了できたことも良かったです。(ホットしました)
 参加者数43名(一般参加者、スタッフ、報道関係者含む)は、私の関連する、万葉ウォーク、歴史街道ウォークではほぼ平均的な人数でした。
 92歳とご高齢の男性参加者もあり、元気な方でした。
 
色んなスポットでの写真は撮れていません。 まっ、写真を撮る余裕は殆どなかったですね。
  それでも写した写真を紹介します。
Resize1812  雑賀崎灯台に上がってもらい、
海に突き出しているこの地故、海防の要地として見張り場、狼煙場、砲台場などの役割を持っていたこと、この地で詠まれたと思われる万葉歌の鑑賞など説明されます。
そこから急な斜面の生活道路(人一人通れる道)を下ります。参加者から「えっこんな道通るの?」との声が聞こえます。 Resize1814
その後はResize1816 海沿いの道を歩きます。
Resize1818
次いで、Resize1821 高津子山への山道を登ります。
この道は地元の方でも、「あっ、こんな道もあったんや」と言われるくらい、現在の高津子山登山ではマイナーな道ですが 、主要登山路に比べ狭く舗装がないけれだ、明らかに時間短縮になります。 それに「山道を歩く」気分を 味わえます。
Resize1824 山頂展望台では、360度の眺望を元に、古代(万葉の時代から戦国・江戸期)のこの地の地形、古代官道であった南海道のルート、万葉歌と当時の和歌浦・玉津島様子。さらに平安時代に歌枕として有名だった”吹上浜”と菅原道真の歌、…など色んな専門分野での講師からの説明がなされます。
山を下り、和歌浦天満宮に至り、さらに”不老橋”では、ここに新しい橋を架けることで、景観論争、裁判が起こされていたことなど紹介されました。
で、玉津島神社に到達。
山部赤人の万葉歌碑の元で、Resize1829 和歌浦が詠われた長歌・短歌2種が解説・鑑賞されます。
Resize1828
と、ここまででウォークが無事終了となりました。
ホントにお天気に恵まれました。 雨で中止となった7月のときにも参加予定だった方からは、「7月だったら暑かったし、この時期に出来て良かったですよ」という声もありました。
また、終わった夜には参加の方から「大変楽しかったです。次回のお誘い心待ちにしています」という礼状メールを頂きました。
 これは嬉しいですね。   企画屋冥利ですねえ。
 
 
 
 

2016年12月 2日 (金)

ダメ。ゼッタイ。  (No ! Drug!)

今日の行事は、Resize1787 こんな感じのものでした。
中学校を会場として、薬物(覚せい剤等)乱用防止を訴えます。
Resize1806 これが配布された資料です。
近年、覚せい剤を間違って経験する年齢が下がってきています。高校生から中学生、小学生の例まで起きています。
 私は、子どもを育てる会の委員と保護司という立場からの参加です。
中学の全校生徒を対象に、和歌山県の薬務課から、薬物の違法性、弊害等を説きます。
Resize1788
また税関におけるドラッグの輸入の水際防除業務と、違法輸入の実例の話を聞きます。
さらに税関関係者からは、”麻薬探知犬”について、役割・訓練法の説明に続き、模擬探知実験があります。
複数の生徒が壇上に上がり、一人だけ薬物を持ちます。
さあ、探知犬の出番です。Resize1795 探知犬は覚せい剤を見つけるとどうするかご存知ですか? 吠えたり、嚙んだりはしません。
そこに黙って座るのです。 写真では真ん中の男子のところで犬が座りました。 正解です!
この後、先輩や友達から薬物を進められたときの「断り方」の実習があり、
Resize1804 生徒代表が”大会宣言”読みあげて、終了となります。
麻薬関係の事件で薬物押収量は減少しているのですが、件数は減らないとのことで、少量・個人レベルでの薬物事犯が増えているようです。
保護司、警察、刑務所で、薬物犯は再犯が多い、というのは定説です。
やってしまえば、なかなか抜けられない。 やっぱり”ヤラナイ”ことが大事なんです。
 【ダメ、ゼッタイ】 なんです。

警察総合警備訓練 視察

引き受けている役目の関連で、県警の綜合警備訓練の視察を行った。
内容は、
Photo このプログラムの通り。
 
警察、消防、自衛隊などの組織はキビキビしてますね。
警官の持つ楯にも色々種類があり、(ジュラルミン、強化プラスチック、鋼製など)、これを扱うのに基本の形があるのですね。
要人警護のSPの動きなども披露されました。
で、Photo_2 爆発物処理では、先ず不審物に対し、防護服の隊員(ガンダムのモビルスーツみたい)が携帯X線カメラで内容物をチェックします。
空港の手荷物検査みたいなものだと思います。電気のコードやタイマー、電池などがX線で確認されれば、爆発物の可能性大として、Photo_3爆発物処理車によりマジックハンドで操作して、シェルター筒を装備した車に乗せ、安全な場所まで移動します。
Photo_4 災害救助訓練は、倒壊家屋から瓦礫を除去して中の被災者の救出、1Fが潰れた家屋では屋根に穴を空けて建物内に入って救出活動を行う、などのケースに対応します。写真中央の塔では、ビル3Fに残された被災者を、梯子で上り、滑車を組んで安全に地上まで下ろす作業を行っています。
Photo_5 訓練の始めと終わりは整列します。
知事の挨拶、県警本部長からの講評を受けて終了となります。
写真にはないですが、「サイバーテロ対策」というのも目玉の一つでした。
警察にサイバーテロ対応部門がある、ってことは分かりましたが、高度なハッカーに対してどれくらいの力があるかは、…どんなものでしょう>
ところで、この警察訓練の数日後、消防が出動する実戦の現場に居合わせました。
外に出ていて目の前に消防車がサイレン鳴らして来て、
Photo_6 ビルに対して何か活動しようとしています。
その後、Photo_7 このビルの裏に回り、梯子を延ばして4F(3Fに見えるかもしれませんが、4Fに行ってます)のベランダから窓を割って部屋に入り活動していました。
 全くの推測ですが、どうもこの部屋の中で孤独死があったのかもしれません。

2016年12月 1日 (木)

しつこく雑賀崎・和歌浦・高津子山へ

ブログ記事8割くらい作成してたのにエラーで飛んでしまいました。ガックリweep
さてホンマにしつこいですが、また高津子山に行って来ました。
   (記事は結構長いです)
3日のウォークコースをそっくり歩いて、所要時間とかトイレとか、昼食場所とか、説明スポットとかの確認です。(本質的には散歩がてらでどこかを歩きたいとの気持ちも強いです)
ウォーク出発地の和歌山市西浜、松下体育館までをカミさんに車で送ってもらい、ウォーク開始です。(時刻は9:31)
10分強歩くと、Photo_2 養翠園に来ます。江戸時代の大名庭園です。ここは入場料がお安くないので、入っての見学は無しで、軽く説明して通過します。ただ、ここの駐車場にあるトイレは誰でも利用できるので重宝します。
Resize1699 養翠園を過ぎると水軒堤防跡があります。
この辺り、水軒浜であった地でさらに平安の昔には、”吹上浜”として和歌浦と並び景勝優れた地として歌枕にもなっていたところなんですね。
この場で簡単に説明しますが、堤防・浜を実感するには、高い場所から俯瞰するのが好適で、その場所も探します。Resize1702 養翠園は中に入らないですが、外から眺めます。海水を池に取り入れる通水口が見えていますし、この周りの山々は庭園の借景となっているのです。
雑賀崎への坂道を登り始めますが、一般道で車の通りも多いのに、歩道・歩行者用ガードレールも無い部分が多く、ウォーク団体の通行は注意が必要です。一列を守り、列が広がらないようしないと。
坂をかなり上ったあたりで、水軒方向がうまく見渡せるスポットを探します。見晴らしが良くて、50人くらいが立ち止まれる場所というのはなかなか難しいです。
ただ途中に某企業の駐車場がピッタリだと見つけ、事務所を訪れ、ウォーク当日団体で駐車場に立ち入ることをお願いしました。
雑賀崎地区に上り、トンガの鼻という江戸時代の台場(砲台を構えていた)跡の地に至ります。Resize1707 ここも場所について説明して台場跡まで行くのは省きます。
そしてこの地では、「番所の鼻・番所庭園」が有名スポットですが、かなり高い入場料が掛かるので、ここも有料入場はせず、パスして、この地の説明は雑賀崎灯台まで行って、
Photo_3 見下ろしてから説明となります。
出発から灯台までほぼ1時間の歩行です。
灯台から急な斜面を下り、雑賀崎漁港に着きます。(ここに公衆トイレあり)
この斜面の住宅が眺めとしては、Resize1716_2 先日も述べたように、”エーゲ海”風に見えますね。でも急な傾斜を住宅地と考えると、
Resize1781_2 こんな標識があるようなコワイところでもあるのです。
 
雑賀崎漁港からは海岸沿いの道を歩きます。
親子釣りパーク(トイレあり)を過ぎ、Resize1721_2 トンネルを抜けると、Resize1723_2 昼食予定地のなみはやビーチに着きます。ここまで1時間40分くらい。私の歩きより当日は遅いでしょうし、説明時間も入りますから、少し遅めの昼食となりそうですが、まっ許容範囲だと思います。
ここから少し海岸を歩いたら、海から離れ高津子山の登り口となります。
Resize1729 登り口から山頂を見るとテッペンに展望台が見えています。
海岸から頂上までの時間は20分強ですね。 ま、一行みんな登れるでしょう。
山頂からの景色は相変わらず素晴らしいですが、一昨日と変わるものでもないので今回写真は省略です。
私は、頂上で昼食としました。 ここまでで結構汗ビッショリとなってしまったので、
Resize1748_2 ここで着替えをしてスッキリさせました。
で、天満宮へと下ります。
山道には、 Resize1752_2 こんなのや、
Resize1753_2 こんな標識もあります。
天満宮では、
Resize1755 ちゃんとお賽銭を使って、3日のウォークの無事をお願いしました。
この天満宮にも、ここを下ったところの御手洗公園にもトイレがあります。今回のウォークではトイレの苦労はあまりしなくてよさそうです。
 
 
天満宮を降りて、東照宮は通り過ぎて(簡単な説明はします)、玉津島神社に向かいます。
途中、Resize1770 不老橋は説明スポットとなります。
Resize1773 玉津島神社では、
Resize1774 万葉歌碑が必須の説明スポットとなります。
あと奠供山と妹背山とは、ここまでの時間と関係で、行くか・略するかの判断をします。
この玉津島神社がウォークの解散地点となりますが、ここからの帰りのバス時刻も調べました。Resize1775
私の歩行では、玉津島神社を少しぶらついて後で13:00でした。
9:30発13:00終了。 これがウォーク当日で考えると、
10:00発で、歩きを私より1時間くらい遅くして、説明を1時間くらい取って、15:30くらいに解散できるかな?という感じで。まあ予定の16:00までには解散できると思います。
今日の歩行数23,800歩。  ウォークコース以外にも歩いたので少々疲れました。
 
 

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