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2016年8月 3日 (水)

万葉歌碑 

万葉ファンって、座学で万葉集の文字を読むだけでなく、万葉集ゆかりの地を訪ね、その歌の元となった景観を眺めて歌を追体験しようと試みる、ことが多いようです。
万葉ウォークと呼ばれるイベントが色んな場所で度々行われている所以です。
Photo  (歌碑を中心の集合写真 )
 
私も勿論、そういうイベントに参加したり、イベントを自ら企画して実行したりしています。
そういった万葉関連でゆかりの地を訪れると、そこには”万葉歌碑”があるものです。
各地の万葉歌碑を訪ねるのも楽しみなものです。
万葉歌碑を訪ね、「どこにどんな歌碑がある」というのをまとめた本」も出版されていますし、ネット上でデータ公開されているのも多いです。
私も、万葉故地を訪ねる、つまり、万葉歌碑を訪ねるようなことを楽しみとしており、行けば写真に納めてきます。   (まっ、これをまとめて公開するほどには収集が進んでいませんが)
 だから、何なんだ? ということを思われますか?
ハイ、今回は万葉歌碑のトリビア的なお話しです。
先ず、万葉歌碑って、どの位あるか?(数)
これは年月日の時点を特定しないと、歌碑は新しく建立されることもあり、数が増えていくことになります。
先人のデータによれば、ほぼ2000位だろうと思われます。
そこで万葉歌碑のトリビア的記事
どこにあるか?
北海道から沖縄まであります。さらに海外まで広がりブラジルはサンパウロ市にも有るようです。
ブラジルは勿論、北海道や沖縄を舞台で詠われた万葉歌はありませんが…。
Photo_2  北海道岩見沢市の歌碑
さ夜中と 夜は更けぬらし 雁が音の 聞こゆる空を 月渡るみゆ  (巻9-1701)
 歌の解釈と、何故ここにこの歌碑があるのか、の説明は略します。
次は
Okinawa  沖縄の万葉歌碑です。
巻18-4094  大伴家持の長歌の一部です
海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の 辺にこそ死なめ かへり見は せじ
 
 武門の家柄の心得を説いた歌のようですが、この部分”軍歌”として取られ、太平洋戦争での海戦での犠牲者の鎮魂の意味で歌碑が建てられてようです。
 ”海行かば”  という言葉は帝国海軍の象徴のような言葉でしたね。
 万葉集の歌が、戦争に利用されていたんですねえ。
次は、万葉歌碑の建立時代について、
私は万葉歌碑って歴史的に”現代”と言われる時代区分で作られたと思っていましたが、結構古いものもあるんですねえ。
Photo_3  これは歌碑というか、万葉歌が刻まれた石灯籠なんです。
埼玉県行田市にあり、これが日本最古の、万葉歌碑と言われているようです。
オマケに私が訪ねた万葉歌碑で、自撮りではないですが、たまたま私自身が写っている写真を添付します。   (少々くたびれた感がありますが)
With   (田辺市秋津町 宝満寺)
もう一枚、With_2 (白浜町平高原)
 
 
 
 

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