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2015年11月

2015年11月30日 (月)

歴史街道ウォークの実施(本編)

昨日(29日)、『歴史街道ウォーク 布施屋駅から矢田峠を越えて伊太祁曽神社/日前宮へ』と題したウォークイベントを実施しました。番外編が先にアップされましたが、遅ればせながら頑張って本編もアップします。

出発地点(集合地)JR布施屋駅に講師先生とスタッフは早目に集合して受付準備となります。前回の雄山峠越えウォークに比べ、当日配布資料を前もってセットできていたので、受付業務はかなりスムースに進みました。

 申込みしていた方の中で当日キャンセルがかなり発生しました。キャンセル連絡もありません。この点に関しては今までで最悪級でした。愚痴を言っても始まりませんが、連絡先として私の携帯電話番号はチラシ等に記載されているし、事務所にも担当がわざわざ電話番で控えていたのですが、掛かってこなかったです。

 まっ、それは良しとして好天に恵まれ、約60名の一行が布施屋駅から出発しました。

駅周辺の和佐地区は地元の方が作った熊野古道標識が随所にあり道を迷うことはありません。Photo_8

歩く行程の中で歴史地理の先生は、

Photo_9  昔の道はどこを通っていたか、道は無くなることも呼ばれ方が変わることもあると説明し、また古い道の探し方などを講話します。

また、Photo_10考古学、古代仏教文化が専門の先生は、古い用水路や戦国時代の山城、近辺の古墳群などについて解説されます。参加者はメモを取る人もおり、皆興味深く聞き入っています。

ここから高積神社、歓喜寺という訪問スポットを巡り、

Photo_11 和佐王子跡では、熊野古道全般と古代交通、律令時代の官道などの話がありました。

この和佐王子跡の近くの「和佐大八郎の墓(弓の名手です)」を見て、一行は、

Photo_12 矢田峠越えの山道に入ります。険しい峠ではないので直ぐに越えられます。峠の出口付近は、Photo_13 切通しがあり、山を削って道を通したことがはっきり分かります。(人が通り、自然に踏み固められることで出来た道ではありません)

峠を越えた先の辺りで、Photo_14 冬イチゴが沢山見られました。適当に収穫して食べてみました。他の人にも少しおすそ分けもしました。

ところで、

Photo_20 これはスタッフの伴走車です。狭い道も頑張って走ってくれています。後ろに着いていたり、先頭に出て待っていたり、心強い味方でした。

そして一行は昼食休憩の四季の郷公園にと着きます。歩き始めて1時間後くらいはタイムスケジュールがかなり遅れていましたが、この昼食場所にはほぼ予定の時刻に到着できました。 午後のウォークは時間的にゆとりがあったので、気分的に楽になりました。

午後の出発前は、万葉・国文学の先生から紀の国の万葉、万葉時代にこの国を訪れた人たちについての講義がありました。

さて午後は足守神社(あしがみ神社)に寄ります。

脚の病気治癒、健脚祈願などで有名です。Photo_15 奉納されているのは絵馬よりも草鞋が殆どです。 この神社は講師陣の説明のはざまになっており、私に担当せよと言われ困っていましたが、この日は住持さんが居られ、(ここは神社と寺が共住しています) 説明をして貰いました。

 日本はどこでも神仏習合が当たり前なんですね。

ウォークとしての最終地となる伊太祁曽神社では宮司さんが

Photo_16  紀の国、木の神について、素戔嗚や八岐大蛇の神話なども含めたお話をしてくれました。

またこの地訪問の目玉でもある、Photo_17 古墳内見学もできました。(普段は鍵を神社で管理しており入れません。申し込めば鍵は借りられるようですが)

6、7人ずつ、懐中電灯を持って古墳内に入り、考古学先生の説明を聞きます。

古墳内は真っ暗で、懐中電灯の明かりで検討を付けて写真を撮ってみます。

Photo_18  分かりませんねぇ。

こちらも同様何かは分からんでしょうねPhoto_19

ゴメンナサイ、良い写真を示せなくて。

ここで一次解散となります。一応講師、スタッフはタマ電車で日前宮まで行きます。参加者は日前宮に同行する人と寄らずに帰る人とに分かれました。

終了時間に遅れもなく事故もなく、無事にウォークを終えられました。

古墳内部の見学のように普段なら見られないものを見たというのは参加者にも喜ばれたと思いました。

ええっと、これで年内は企画側でのウォークは終わりました。ただ、次の土曜日(12月5日)は、この団体での「歴史・文化講演会」があります。

主催としての裏方だけでなく、この時は司会の役が振られてしまってます。結構緊張しちゃいます。

 

 

 

 

 

2015年11月29日 (日)

和歌山電鉄 (歴史街道ウォーク番外編)

29日は歴史街道ウォーク”布施屋駅から矢田峠を越えて伊太祁曽神社/日前宮へ”を実施しました。お天気に恵まれましたし、コース/訪問スポット、講師陣どれも素晴らしい、楽しいウォークでした。(主催側が言うと自画自賛になってしまいますが)
ウォークについてブログアップするのは当然ですが、その前に番外編として、”タマ駅長”で有名になった、和歌山電鉄貴志川線の電車色々を紹介します。
Photo  これが”たま電車”です。
Photo_7
タマといえば既に亡くなって、大明神となっています。
駅にはPhoto_2 たまが飾られていて、
Photo_3 たまグッズが沢山売られています。
和歌山電鉄では他にも、
Photo_4 イチゴ電車、きいちゃん電車(国体キャラクター)があります。
そして私たちが乗車したのは、Photo_5 おもちゃ電車でした。この電車の中には、今の写真で見えているベビーサークルがあり、また名前の通り、
Photo_6  おもちゃが沢山棚に飾っています。
これら話題性のある電車による、観光効果はかなり高いようですが、(外国からでもタマ電車に乗りに、or見にくるほどになっています)総利用者数は伸び悩み、鉄道事業としては黒字化できていないようです。
私として、自分の移動用に和歌山電鉄を利用する機会はまずありませんが、何かにつけてこの電車に乗り、タマ電車の応援をするのも良いな、と感じました。
 
 
 

2015年11月28日 (土)

公園の木々の色付き

寒くなりましたが、朝の散歩で公園に行きます。
色々な木々が色付いています。(かなり落葉も進んでいますが)
Resize0078_2  こんな感じで、O.ヘンリーではないですが、最後の1葉となっているものも。
桜は元々紅葉/落葉が早いのでResize0077_2 紅葉が繁る状態にはなり難いですね。
Resize0073_2 定番のイチョウも良い具合に黄葉しています。
この公園に意外と多いのが、
Resize0074_2 ナンキンハゼです。これは1本の木で 多色・錦状態にもなります。
 
 
実はここには、Resize0076 楓の木は少なく、きれいに見える楓の写真のショットは難しいです。
他に、
Resize0075  この木は何て名前だったでしょうか。ケヤキ?
他に櫂の木も見事に色付いていた時期があったのですが、今回は落葉してしまっていて写真に収めることは諦めました。
明日は歴史街道の実施です。お天気は大丈夫のようです。気温が下がりそうですが、歩いて汗をかかないで済むでしょう。途中紅葉がどれくらい見えるでしょうか。下見からすると、紅葉狩りほどには多くないだろうと思いますが。
あと少し経てば、落葉して冬の景色に変っていくのでしょうね。
 

2015年11月27日 (金)

奈良へバス旅行

急に寒くなりましたね。今日の外出には半コートを着てしまいました。(例年は12月になるまではコート類を着なかったですが)
Photo さて、昨日は奈良公園(大仏殿あたり)に日帰りのバス旅行でした。
このところ、私が主催側のイベントが多く、準備から含め結構気を遣っていました。
このバス旅行は一般参加(客)としての参加なので、楽ちんです。
昼食も、Photo_2 こういう料理とプラス天ぷら、茶わん蒸し、汁物。さらにドリンク付き 、とお腹がいっぱいになる贅沢メニューでした。
またこの昼食会場のお庭は、
Photo_3 紅葉も なかなか きれいでした。(この写真はスマホで撮ったものです)
奈良公園は久し振りに訪れました。
鹿は至る所に居ますねえ。外国人(多分中国人)観光客が鹿とのコミュニケーション(一緒に写真に写る)に懸命でした。私は特に鹿の餌を持ってる訳でもないので寄ってくることもありませんでした。
東大寺に進み、先ずはPhoto_4 南大門をくぐります。
大きな山門ですね。何となく、朱塗りの綺麗な門をイメージしていたのですが、古色がそのままで年月を感じる門で嬉しかったです。
自由散策時間だったので、先ずは
Photo_5 大仏殿を外から眺め、
Photo_6 二月堂へ行きます。”お水取り”行事で有名ですよね。ここの舞台に立つと奈良市内がよく見渡せます。
それから、Photo_7 正倉院を入り口から眺めます。ここはこれ以上中には入れません。この建物すごく均整がとれた美しく風格ある建物ですね。
ブラブラ散策して、依水園という日本庭園の見学です。奈良の街中に寺社でなく、こんな庭園があることは知らなかったです。
Photo_8 池の奥は若草山が借景されており 一幅の絵になっています。また庭は回遊型で、Photo_9 紅葉が見頃となっていました。
ゆっくりと奈良の景色と料理を楽しむことができました。
帰宅後夕食を取る間もなく、自治会の広報誌編集会議に駆けつけて、バタバタの状態もありましたが、リフレッシュできました。
オマケですが私はどこかに出掛けると、その地のマンホールの写真を撮ることを趣味的に行っています。
奈良市は
Photo_10 と、
Photo_11の2種がありました。
 
 

2015年11月23日 (月)

万葉ウォーク

21日22日と紀伊万葉ウォークが行なわれました。
ウォークのタイトルは「海南ロマン街道を行く」(藤白坂で有間皇子を偲び石上乙麻呂が船出した大崎を訪ねる)というのもです。
東京・横浜や香川からなど全国からの参加者がありました。
お天気を心配していましたが、当日朝は晴天で幸先良かったですが、
集合場所のJR海南駅で受付の準備をしていて、私の携帯に飛び込んできたのは、「JR阪和線が事故で停まって何時動き出すか分からない、どうすれば良いか」という電話でした。
 「いきなり試練かヨ」と焦りましたが、電話には「動き出すまで待って、遅れても海南駅に来てください。途中で一行に追い付けるよう段取りするから。」と返事して安心して貰いました。
 今回のウォークの参加者は結構年配の方が多く、藤白坂越えというコースはかなりハードであるため完歩できるかはかなり懸念があり、車での搬送も用意していたので、遅れた人が出ても車で搬送することにより対応できる、との目算がありました。
 JR遅れの人たちを除いて全体の参加者は海南駅からウォーク開始、熊野古道を通って藤白神社へと向かいます。
Photo 海南駅近くに設置されている万葉歌碑にて歌の鑑賞・説明と歌碑建立の背景等が話されます。
また、Photo_2 道筋の万葉植物 の説明、その植物が詠われた万葉歌の紹介がなされます。
藤白神社では宮司さんから有間皇子や熊野古道についてお話を聞きました。ここは神仏習合で神社内に仏像が置かれています。
Photo_3 ここには「有間皇子神社」という小社があり、皇子が祀られています。また万葉歌碑もあります。
一行は神社から直ぐの有馬皇子のお墓に行き、その地には「家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る(巻2-142)」の有名な歌が歌碑に刻まれています。
 ここを過ぎるといよいよ藤白坂に入ります。年配者には結構キツイ坂ですね。少し登ったところで各自に上まで登れそうか、無理そうかを判断して貰います。無理だと判断された方は車で別ルートで坂(峠)の頂上まで搬送する、という段取りでした。
 数名の方が歩いての坂越えを断念され、神社まで下りて車での移動を選びました。
ウォークであっても車を複数台(4台)用意して必要に応じ参加者を運ぶという機動力が効果を発揮しています。
 因みにJRはほぼ1時間遅れでしたが、参加者は海南駅~藤白神社を車で移動し、この間を歩いていた本隊に神社で無事合流することができました。
藤白坂では途中、筆捨て松・硯石というスポットを経て峠の頂上に至ります。坂越えを判断した皆が無事に頂上に到達できました。(所要時間はコースガイドの標準時間をかなり上回っていましたが想定内の範囲でした。
峠頂上付近の”御所の芝”は古来から眺望の素晴らしさで有名です。
Photo_4  海南・和歌山方面を望みます。万葉故地が沢山見られます。 それぞれの歌を朗誦して楽しみます。
この峠の地蔵峰寺には重要文化財の石造地蔵尊があります。普段は外からののぞき窓から拝むだけですが、この日は特別に内部に入らせて貰い直接お地蔵さんを拝観することができました。
Photo_5  大きなお地蔵さんです。県立博物館にはこのレプリカが展示されているのです。
 御所の芝からの下りで足を滑らせ、着いた手を怪我された方が出てしまったことは残念でした。 下りは要注意との喚起を徹底すべきだったと反省しています。
峠を降りたところの福勝寺では、滝の裏側に回れる、裏見の滝をみることが出来ました。水量は豊富とは言えない程度ですが、普段は農業用水として使われ、滝には水が来ないようです。この日、特別に滝の水を流して貰えたのです。
 初日はこれで行程を終わりバスで宿舎に行き、万葉交流会となりました。
交流会は親しく言葉を掛け合い、歌の披露もあり、和やか・活発に進みました。
2次会もあり、多くの方の参加で遅くまで語り・議論が続いていました。
2日目 は粟嶋神社/大崎港へのウォークです。
歌碑の前では歌の解釈・鑑賞と朗誦が行なわれます。
Photo_6   大崎歌碑での説明です。
ウォークの最終は大崎港であり、大崎公民館・会館を開放して頂き、お茶休憩と、万葉衣装を着てのパーフォマンス、歌、踊りなどで盛り上がりました。
役者も内容も即興です、皆さん大した役者揃いでした。  ホントに感服しましたね。
Photo_7
Photo_8
この後、4台の車をフル回転のピストン輸送で JR加茂郷駅まで送り届けて解散となりました。  今回のウォークコース、車の利用という機動力がなかったら、ウォークの完遂はとても叶わなかったと思います。
 紀伊万葉のメンバーが皆それぞれの立場でお客さんをもてなそう、企画を盛り上げて成功させようと協力し合うことにより成り立ちました。 有難かったです。

2015年11月19日 (木)

京都へのプチ旅行

昨日はお天気が生憎だったですが、カミさんと京都まで出掛けました。
京都までの行き方は通常、
自宅~南海電車和歌山市駅 (車)
和歌山市~なんば(南海電車)~淀屋橋(地下鉄)~京都(京阪電車)というのが標準的です。
この標準形はそのままですが、京阪電車を
Photo  八幡市駅で降りて写真の線に乗り換えです。 記憶にある範囲ではこの駅で降りるのは初めてです。
ケーブル駅はこんな感じです。
Photo_2  電球のイラストがありますよね。
電球と言えばエジソンです。 そうエジソンの竹フィラメントの電球に使われた竹が、この男山の竹だったらしいです。 ケーブル頂上は、
Photo_3  石清水八幡宮の境内に繋がっています。
京阪電車で京都へ行く途中で、どこか寄り道しようとして選んだのが、この石清水八幡宮だったのです。
徒然草の、 「仁和寺にある法師…」で始まる話で 高校の古典の授業以来名前は良く知っていたお宮さんです。
 京都でのメジャーな紅葉の名所ではないですが、紅葉名所の一つではあるらしいし、見頃は11月半ばと説明されていたので、ここに立ち寄ることにしたものです。
紅葉は、
Photo_4  や
Photo_5こんな写真が撮れるくらいには色付いていましたが、未だ一部の紅葉でした。
八幡さんの次は、京阪で七条まで行きました。 
 駅近くのCoCo壱番で”3辛”カレーを食べました。(メニューの説明では辛口の4倍の辛さとか) 久し振りに辛口にチャレンジしたせいか、確かに辛かったです。しばらくお腹が驚いていた感じです。)
で、ここでの目的は、Photo_6  この展覧会です。
すごく混んでいる、入場までに○時間待ち、という日もあった、とか聞いていましたが、
この日は
Photo_7  待ち時間なしでした。 チケットも和歌山のローソンで購入を済ませていましたので、券購入の列にも並ばずに済みました。
会場内は結構混んではいました。評判の作品では見学者が動かないので滞留が酷かったです。
 展覧会をゆっくり見ると結構足が疲れますね。 見終わってから、同じく京阪電車で宇治市は、六地蔵駅まで行きます。
そして、Photo_8 こんな食事を食べる場所に…。
つまり孫との食事会です。 3人の孫が少し見ぬ間にそれぞれが成長しています。
で、帰宅したのは11時過ぎでした。一日の内容が豊富でした。
 

2015年11月17日 (火)

雨天でもテニス

またブログをサボってしまいました。
この間には、Resize0057 文楽鑑賞に行ったり、…
自治会の県外研修で、
Photo  岡山県を訪れ、
吉備津彦神社への参詣などの行事がありました。Photo これらについてのブログ記事もアップしたいのですが、取敢えず本日のテニスについて。
今日は天気予報通り午前に少々、午後は時々強い雨の降る天気でした。
しかし、テニスの予定日だったので、思い切ってプレーすることにしました。
Photo_2 駐車場に 停めた車にも雨が降っています。
和歌山市つつじヶ丘テニスコートは全20面あるのですが、今日の午後(1時から3時)にプレーしていたのはどうやら私たちだけだったようです。
ただ、雨の中で酔狂でテニスをやった訳ではありません。雨天でも雨に濡れないでテニスが出来るのです。
コートは、
Photo_3   そうです。屋内コートがあるのです。
Photo_4  この屋内コート施設の外観です。
Photo_5  で、こんな感じでプレーします。
屋内コートは4面あり、1時までは3面使われていたようです。また3時以降も別のグループの予約が入っていました。
料金は多少アップしますが、それでもレジャーとしては安いものです。
週1テニスが雨で流れると、残念だったのですが、これからは予定を立てた日はかなりの確率でテニスが出来そうです。
 

2015年11月11日 (水)

歴史街道ウォーク(2) 矢田峠から伊太祁曽神社へ

その(1)では、ブッシュをかき分けて進んだことを書きました。
アドベンチャー気分で良かったです。(終わってみれば、ですが)
獣道もなく、人の通った後が見つからなかったですから。 それにある程度上ると、もう下ることも出来なくなってましたし…。
峠を越えるとミカン畑があり、その作業道もありました、そしてスグに普通の峠道に出ました。(ホッ)。冗談ながら、「年配の歴史研究者和歌山の里山で遭難」ってニュースになるかも、なんて言いながら歩いてました。coldsweats02
峠道には、
Photo_15  梵字の石碑があります。これは観光素材としてもっと生かしたいですね。
で、ここは一般道も山道なんですが、突然
Photo_16 自転車の人が現れたのにはビックリしました。
この部分では自転車を抱えて走っていくのです。「こんにちは」、とか「大変ですね」、とか「頑張って下さい」とか声を掛けたのですが、返事をするゆとりがないくらい真剣に一生懸命で過ぎて行きました。タイムトライアルか何かだったのでしょうか。
峠越えしてからしばし「熊野古道」表示のある道を下っていきます。
 でも少しして熊野古道からは外れ、ウォーク本番での昼食場所である「四季の郷公園」に向います。
途中で写真に撮りたいような立派な家が有りました。
Photo_17 大庄屋さんだったのでしょうか、この池も家の敷地、家の庭の中の池かもしれない、と感じるほどでした。
 家といえば、峠に至る前、未だ和佐地区を歩いていて、
 Photo_22 こんな家もありました。写真左端の門から右の緑は全て1本の植木です。窓をツタのごとく 覆っているのも左の木の先の部分です。
 
四季の郷公園は、地図ではスグなのに道は結構迂回させられる感じです。
 
四季の郷公園はこの日は休館日で事務所も売店も閉まっていました。(ただ、丁度事務所担当の方と顔を合わせたことで、事務所内トイレを使わせて貰えました)
この次は「足守神社」です、”あしもり”ではなく”あしがみ”です。
Photo_18
  ここは名のように足に関係するご利益があるようで。健脚祈願されています。
こんな風に、Photo_19  草鞋が沢山奉納されています。
 私も脚力が維持できるようお参りしました。
ここから西応寺、平緒王子跡を経てウォーク終点の伊太祁曽神社に辿り着きます。
Photo_20
ここに、
Photo_21  本居宣長の歌碑があります。
あれっ、と感じましたが、私が以前きたときは無かったようです。
この日の歩行数は、スマホ歩数計では、26,082歩となっていました。
そこそこ歩きましたねえ。
 
オマケに山東地区は
Photo_23 案山子の展示会もあるのです。
 

2015年11月10日 (火)

歴史街道ウォーク(1) 下見 道なき道を…

29日に行う歴史街道ウォーク 「布施屋駅から矢田峠を越えて…」の下見と古道の調査で、専門の先生2人にくっついて下見歩きを行いました。
車で伊太祁曽神社に集合し、1台に乗って布施屋駅近くまで行きます。
Photo  ウォークの出発地点は布施屋駅です。
ここからすぐに、
Photo_2   川端王子跡があります。
その後は、 Photo_3高積神社を経て
歓喜時を通り、旧中筋家、和佐王子と進みます。
Photo_4  歓喜寺のビャクシンは市の天然記念物です。
Photo_5  和佐王子碑
Photo_6 王子跡説明板
で、この近くにPhoto_7 和佐大八郎の墓があります。
この辺から矢田峠の道になるのですが、最新のトンネルの道(車の道)、峠越の道、さらに古道などがあるようです。
地元の方と話していて、
Photo_8   昔はここも道だったらしいです。
で行こうとしたのですが、
Photo_9   道は途切れてしまっている感じです。
それでも進むと、
Photo_10 えっ、ここを通るの?ホンマ
Photo_11   こんなにして通る?bearing
という具合で道なき道を進みます。
子供の頃は裏山程度でブッシュを進んだことはありますが、これは…。
Photo_12 未だ未だこんな道です。いや、道じゃないですね。
そうこうしてると、考古学専門の先生が何かを見つけました。
Photo_13    先生はこれを見ただけで何かが分かっていましたが、近付いて見ると、
Photo_14  古墳で、石室がありました。盗掘されて中には何もありませんが。
 
 
というエライ目にあって何とか矢田峠を越えました。
ウォーク当日はこの道を通ることは出来ませんです。weep
峠越えのあとは、明日以降での報告です。
 

2015年11月 9日 (月)

今日のランチ(お城タイプの施設)

150808   これが今日の昼食場所です。
写真は私の撮影ではなくて、この施設のチラシからの転載です。
施設名は、”国民宿舎 湯浅城”だと思っていました。
でも今日担当の方と話していて名刺を貰うと 、”湯浅温泉 湯浅城”という表記でした。
聞くと、経営が変って”完全な民間企業経営”となっているとのことです。
でも、私が春に貰った郵便物のロゴは”国民宿舎 湯浅城”ですし、施設のマイクロバスも同じマークが入っています。
 コストを掛けて経営の変化を知らせる意思は無いようなのです。
大きな企業が名称変更を行う時、莫大な費用が掛かることを考えると、何ともアバウトなことと感心しました。
 *例えば、パナソニックの場合なんかもすごい費用だったでしょう。
で、ブログタイトルのランチですが、食べたのは
Photo_3  しらす御膳というメニューでした。
 実はこの施設、平日の昼食は完全予約制で、レストラン的に外来客に食事を提供していない、と言われたのです。
 私自身は、この施設が今月の紀伊万葉ウォークの宿舎になっているので、事前に打合せという目的でここを訪問したのでした。
 「ここでの昼飯にはありつけないのか」とガッカリしていたのですが、打合せの担当の方が、限定メニューで用意できる、と言って呉れたのがこのメニューでした。
しらす丼、刺身、鍋物とあり、ランチとしては充分でした。
 担当と部屋の仕様、部屋数、宿泊者数、予算と料理、宴会場の仕様(座敷かテーブルか)、送迎のマイクロバスの段取りなどなど、打合せ・交渉を行いました。
 この施設を私が今日写した写真は、
Photo_4  こんなものです。
 
本当に何が原因か分からないですが、今日もブログ書いていてフリーズ、飛んでしまいました。 書き終って保存しようとしたら飛んで、それまでの記事は消えてしまいました。
 多少のリスク回避で、パナソニックの企業名変更のあたりまでは下書き状態で保存していたので、そこからの再書き込みとなっています。(ここでまた一旦下書き保存します)
 保存できた、もうすぐ記事は終わります。
イベント企画すると、結構準備も大変です。
明日は、別のウォークイベントの下見があります。難とかお天気はもって欲しいです。

2015年11月 7日 (土)

熊野古道 藤白坂越えミニウォーク

Photo ( 今回のウォークを使い始め としたリュックです。リュックについては後でもう一度触れます)
フィギュアの浅田選手、見事に復活ですね。GPシリーズの彼女にとっての初戦、優勝ですね。 結構ミスも出たとおもいますが、難度の高い演技を成功させたことと、全体イメージが女っぽさが出ていて完成度を感じました。
さて、熊野古道の中でも藤白坂は景色が良いことと、万葉歌人で悲劇の皇子と言われる有間皇子墓があることなどで人気のある個所です。
ただ、ここを通る熊野古道ウォークの標準コースは、海南駅から紀伊宮原駅までの14.4Kmを歩くものです。
14Kmを歩くのは、ちょっと気合を入れて構えて行くことが必要ですが、それをサボって藤白坂越えだけを経験しようとのウォークを企画しました。
 予め坂の上と坂を越えて降りた地点に車を配備しておき、坂を越えた後は車で帰る段取りのウォークとしました。
万葉グループのメンバーに声を掛けると総勢7人が集まりました。
ウォークは藤白神社を起点とします。
神社から直ぐにPhoto_2 椿の地蔵さん、と呼ばれる地点に至ります。ここは、
Photo_3 有間皇子墓と万葉歌碑のあることで知られています。
歌碑の歌は、「家にあれば 笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕 旅にしあれば 椎(しい)の葉に盛る」で、佐々木信綱氏の揮毫による。 現実には文字を読み取ることは至難という歌碑ですけど。
そして一行は、坂道をPhoto_4 ゆっくりと登っていきます。このウォークは体力・脚力が弱い人でも、時間を掛けて坂を登り切る、ことをテーマにしており、本当にゆっくり進みました。
 ゆっくり進めば、路傍の植物、見える景色、歴史の事柄などが話題となり会話も楽しめます。
 この坂道には、位置を示す丁石地蔵と標識があります。椿の地蔵さんの地が1丁で、頂上は18丁です。
Photo_5   4丁の地蔵さん。  小さいですが由緒あります。
こちらは、Photo_6
7丁地蔵さん、賑やかです。
この丁石お地蔵さん、一部は廃棄され再建されたものもあります。伝えによると、駕籠かきの雲助にとって丁石地蔵は距離をごまかすことができない邪魔者だったとか。
山道を通っていて、
Photo_7  海が見える地点にくると気持ち良いですね。しばし見とれています。
 
途中にはPhoto_8 竹藪の中を歩く部分や、
硯石、筆捨て松という史跡スポットもあります。
Photo_9  でっかい硯です。 ここで14丁、坂道もあと少しとなってきました。
坂道を登り切ると、塔下王子(地蔵峯寺)と、御所の芝に至ります。
御所の芝からの眺めは、「熊野路第一の美景なり」と「紀伊国名所図会」にも記されています。
Photo_10 確かに良い眺めです。万葉故地も何カ所か見られ、ガイド的には、「あちらがどこどこで、これこれの万葉歌が詠まれています」という説明を行うこととなります。
カメラをズームにすると、Photo_11 片男波の砂嘴も遠景としてきれいに見えます。
道筋の植物も色々見られます。万葉歌に詠われている植物も2桁ありますし、
季節外れでツツジが咲いていたり、
Photo_12  ムラサキシキブも見られるし、
Photo_13
Photo_14 野イチゴ?違った木いちごかな。
食べてみました。酸っぱ甘な味でした。
 
 
 
ところで冒頭に出したリュックですが、息子のプレゼントです。気鋭のデザイン会社の作品らしいです。確かにデザインは私もお気に入りで、山歩きなんかに使って汚してはイヤと思います。ただそんなことを考えていると、このリュックを使う機会ができません。
結構容量が大きいし、重量もかなりあります。今回は試し使用という感じで使ってみました。

2015年11月 6日 (金)

和歌山市つつじヶ丘テニスコート

今日は久しぶりのテニスの日です。
 (スケジュールが合わなかったり、腰痛を起こしたりでテニスが抜けていました)
使うコートがいつもと違って今日初めて使うコートです。
Photo  つつじヶ丘テニスコート。
全20面もある県下最大のコートで、今年の国体のために建設されたものです。
Photo_2  全コートがオムニ仕様となっています。
これは私たちが使った第13面コートです。クラブハウスの近くコート群の中では丘の上にあります。
いやあキレイなコートですねえ。
今日の使用率は、
Photo_3 こんなもので、空きコートも多いです。
でも土日とナイター時間では全コートが埋まっているようです。
Photo_4   同じオムニサーフフェスのインドアコートが4面あります。こちらは料金が1.5倍強します。
それでも雨天OK、風も避けられる、となれば魅力はあります。
今日のような日ですと、快適にテニスのプレーができました。
ただ、仲間と話していましたが、夏場はカンカン照りで陰もなく暑いだろうな、ということ。
また丘の上にあるので、風が吹くと遮るものがないため、吹き曝し状態かなあ、ということなど、条件がベストかというと疑問はありました。
丘を拓いて作ったことは、
Photo_5 このクラブハウスからも言えます。
この写真では5Fの建物ですが、私たちのコートからは1F建ての平屋という感じです。
そしてクラブハウスの中には、
Photo_6 こんな貼り紙や、
Photo_7
こんな貼り紙があり、「オイオイここは山の中か?」って思わされます。
このコートが家から20分くらいの場所です。
今後はこのコートも時に応じて使うことになりそうです。
”国体”開催の効果というのですかね、こういう施設ができるのが。
 

2015年11月 1日 (日)

今日もウォークイベント

数日前まで天気予報では曇りから雨とも言われており、少し心配がありましたが、今日は秋晴れのもと、良い気候でのウォークイベントでした。
海南市での「なぐさとべ」ゆかりの地などを回るコースでした。
ウォークに関しては、自分で企画・主催が多いのですが、今回は万葉の会のメンバーの主催で、私は当初は別用で参加を考えていなかったのですが、別用が外れ、急遽参加を申し込みました。
一般参加の積りでしたが、主催の方から「スタッフ的に参加して欲しい」と言われ、そのような立場での参加となりました。
集合地はJR黒江駅。 60名余の事前申し込み者があり、これに当日参加者を加えると、大集団になりました。
受付でのちょっとしたお手伝い、ウォークの一行の行程管理、タイムキーパーと列のセキュリティー補助ですかね。
 結構大変でした。列の前へ出たり、しんがりの確認をしたり、ガイドの先生にスケジュールが遅れており、これをカバーするには予定コースのカットしかない、という相談をしたり…。自分の主催時はいつもやってることですが、計画に関与していないし、歩くコースは私の初めての地で土地勘もないところでしたので、スタッフと思われて質問がきても答えられなかったですし。
結局2万8千歩余り歩いていました。  まあまあ疲れました。
写真も計画的には撮れていません。散発的に何枚か写しました。
1 ツメレンゲです。
コンクリートやブロックの擁壁の隙間から出ています。
10月25日の”お城で万葉植物”の目玉植物と期待していたのですが、当時は未だ花が咲いておらず、紹介して貰えなかったものです。
Photo 少し珍しい植物で見られて良かったです。
今日のウォークでは、立ち寄った神社で宮司さん・神社関係者の方から、
Photo_2  丁寧な説明をして頂き、普段は聞けないような興味あるお話しだったのですが、 タイムテーブル的には大幅な遅れの元となってしまいました。
Photo_3 ちょっと趣のある水門と田園地帯を歩き、
Photo_4 田んぼのあぜ道のような道を一列縦隊で歩きます。
Photo_5 安原八幡宮は、今日が5年に1度のお祭りの日と表示されていました。興味はあったのですが、御輿の渡りまで待つことはできないです。
あと、熊野古道に入り、武内宿祢の産湯の井戸を見て、
Photo_6 松阪王子跡を通り、次の松代王子は飛ばして海南駅までを急ぎました。
 途中、帰宅する人、海南駅でなく黒江駅に戻る人、足を傷め最後はタクシーを利用する人などでましたが、基本は無事にウォークを終えられたようです
(私もシンガリを見ていて先頭・本体一行には遅れてしまったので本隊の目的地到着・解散には立ち会えませんでした)

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