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2014年10月

2014年10月27日 (月)

高野山黒河道ウォーク本番

昨日(26日)秋日和の中、”高野参詣ウォーク 紀の川黒河道コース”のウォークイベントを無事終了することができました。

 昨夜、そして今朝の5時頃の激しい雷雨では、「これが1日ズレていたら…」とゾっとし、またラッキーだったと思いました。

ウォークは参加者60余名、ガイド、スタッフ等関係者含めると80名が関係したイベントでした。

ちょっと硬い話ですが本イベントは、文化庁の補助金事業で、私の関係するボランティア団体が企画・立案し、和歌山県の指導・支援を受け、実施においては「高野七口再生保存会」の協力を依頼、実質的に該保存会が実施主体となり開催されたものです。

当日私は朝は5時前に起床、6:10のJRに乗って受付の橋本駅に向かいました。

0720 8:10集合ですが、早い人は7:20には受付に来られます。

07407:40にはかなりの方が参加受付に来られます。

ところで橋本駅に設置の「ガチャポン」には、Photo_3

こんなものもありました。和歌山県からウォークの応援スタッフとして来られていた方の説明で、これは和歌山県が関与して進めているようです。 いやあ、ゆるキャラブームとはいえ、和歌山県にも多くのキャラがあるのですねえ。 あまり知らないですけど…。coldsweats02

さてウォークはこの後、イベント実行主体の「高野七口再生保存会」の方々の運営でグループ分けされ、正式受付の応其寺へ、そこから登山道入り口の常福寺へと進みます。

そして、Photo ここから黒河道の山道を登り始めます。  いきなりかなりの傾斜の坂道で、一同は「楽じゃない」と気を引き締めます。

Photo_2 最初のビューポイントは五軒畑です。お社があり、紀の川の流れと流域の街、遠く葛城・金剛山系が見下ろせます。

(実は今回ウォークでは写真を撮るゆとりがなく、写真は少ないです)

沿道には、お大師さん、お地蔵さん、小社などが随所に見られます。

Photo_4

Photo_6下のお地蔵さんに掛かっている草は、マムシ草です。

Photo_7


Photo_8  道は山道です。よそ見は出来ません。

Photo_9 結構見事な棚田ですけど、耕作を続けるのは難しいのですね。田の中には小さなお社があります。

Photo_10




ちょっと良い滝も見られます。

この辺りは登り道の途中の下りで、「下ればまた登らなければならない」と少し辛いところです。

ただ、静寂の中のせせらぎの音はいい感じで癒されるものがあります。

Photo_11   一本杉です。

 パワースポットかも。ここに行く道に標識がなく、別の道が殆ど並行して通っているため、見逃され易いところです。

結構な山道で距離もあるので、参加者の方の遅れ、リタイアを心配していましたが、僅かな方が途中リタイア、救護車による車移動を選びましたが、殆どは遅れもなく無事に歩かれましたね。 良かったです。  ホっとしました。

単独行や少人数での下見と違い、多くの参加者を受けての本番は事故のないように気遣い等必要でしたから緊張してしましたし。

ところでこの日の歩行数は、

Photo_13    こんなものでした。

 少し前の町石道の4万歩超には大分及びませんけど、結構歩いていますね。

帰宅はほぼ午後7時。フロに入り、ビールを飲み、日本酒・焼酎も飲み、食後はそのまま眠り込んでしまいました。夜中2時頃に目が覚めしばらくは起きていました。

 今朝は昨日に比べ、体重減が1.1Kgです!

毎日これだけ減ると1週間で目標体重になるのですが…。それは有り得ないですね。

むしろ、この1.1Kgがすぐリバウンドで元に戻っちゃうのでしょうね。weep







2014年10月25日 (土)

コンビニ スクラップ&ビルド

ウォークの記事ばかりアップしている訳ではありません。

Photo

今日は違う話題を、

私の住む和歌山市は、このところコンビニの新規出店が結構目に付きます。でも中には閉店する店もあります。

例えば、2sej この2月に新規オープンしたセブンイレブン。私の家から歩いて5分以内です。

6月には少し遠くですが、6cvs 新たねコンビニの工事が始まっていました。このお店、出来てくる建物の印象から、ローソン、ファミマとは違うな、セブンイレブンに似てるが少し違う、どこのチェーンかな?って思いながら通り過ぎていました。工事のお知らせ板には建築物が「コンビニエンスストア」との記載がありましたがどの店かは書いていませんでした。

Photo_3

建物そのものが完成している時点で工事の人に「これ、セブンイレブンが出来るの?」って聞いたら、「いや違います、いや何ができるか言えません」とのことだった。出来上がるまで秘密らしい。セブンイレブンの場合、かなり早くから、工事名としてセブンイレブン建築の表示はあったと記憶しているので、会社によって公開戦略が違うのやなあ、って思いました。

9月には

Photo_2 昨年まで行ってたセブンイレブンが閉店した状態で建物は残っていたのが、お店の建物も解体・撤収となりました。

駐車場を含めるとかなり広い用地です。 次の用途は何なんでしょうね。

因みに上に書いた2月オープンのセブンイレブンの2軒隣は3年くらい前までローソンでした。 (今は閉店して釣具屋さんになってます)

10月になると、先に工事中だったお店が、

10kオープンになりました。 サークルKサンクスでした。和歌山市において、数の上では、セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートに比べると全くマイナーですが、最近の出店では、積極展開をしているようです。

コンビニって、出来立てコーヒーのサービス、店内での飲食コーナー、生鮮野菜販売など、の物品販売と、ATM、宅配受付、その他機能拡大で本当に便利なお店になっていってますね。

ただ、同一会社のコンビニでもかなり近くにあるし、他社コンビニを合すと歩いて行ける範囲に複数軒あるのは、過当競争かな?と懸念されます。

廃業・店仕舞いとなるケースが増えてきそうな…。

ところで、明日はまた高野山ウォークです。 黒河道ウォークの本番です。

定員60名で募集して少しオーバーになっており、スタッフを入れると70人ちょっとになります。 健脚向きコースと呼ばれていますが、事故無く終えられることを願います。

 受付業務等もあり、朝は6:12の列車に乗らないといけないです。

今夜は深酒をしないで早く就寝しないと。


2014年10月24日 (金)

またしてもウォークの下見(橋本市界隈)

昨日は、またウォークの下見でした。ウォークのタイトルは、”南海道沿いに古寺、万葉歌碑などの歴史・文化遺産を訪ねる橋本ウォーク”です。

いやあ、長い名前ですねぇ。私ならタイトルにここまで長い名前は付けないですが。

ともかく、このウォークにも何となく関係があってお呼びが掛かりました。

JR隅田駅集合、万葉故地である真土山・飛び越え石と周辺の万葉歌碑を訪ね、歌の鑑賞、古代街道の解説から始まり、隅田八幡宮、利生護国寺、相賀大神、紀の川渡し場跡等を見て高野口駅に至る15Kmほどの行程でした。

Photo  飛び越え石も最近何度も訪れています。写真の方の両脚は大和(奈良県)と紀伊(和歌山県)にある、ということになります。

この辺りでは万葉歌が8首詠まれており、歌碑はその数以上にあちこちの建てられています。

Photo_2 隅田八幡宮も由緒ある神社で、ここにはPhoto_3 国宝の「人物画象鏡」があることで有名です。(現物は現在、東京の国立博物館で所蔵されていますが)

ウォークの道辺には色々な植物・花が見られます。

Photo_4 名前を聞いたけど忘れてしまいました。Photo_5  フジバカマPhoto_6  これは野菜の花

Photo_7これは「ハチノス」ではなくて、「ハチスハ(蓮葉)」と言われる、蓮の花托。


Photo_13  なんと、桜の花も見事に咲いていました。



そしてフジバカマには、

Photo_8


アサギマダラが蜜を吸い、飛び回っていました。

Photo_9旅する蝶として有名なチョウですね。マーキングして研究されており、数千キロの移動をするらしいです。この時期北から南へ動いており、今先頭は四国・九州で見つけられているようです。

ところで次の道標の文字に注目して下さい、

Photo_10  そう、峠の字でヘンの「山」の部分が逆さでしょう。

変っていますね。 この峠、どんなところを指しているかというと、

Photo_11分かり難いかもしれませんが、写真の坂道を下って一番低いところにあるのです。普通と反対ですね。谷に相当する場所なんです。昔、この部分が暗がりになり恐かったので、暗がり峠と呼ばれたとか。 ただし高低では逆の関係なので、山の字をひっくり返したと説明されています。 当用漢字にない文字のようですけど。

途中に見どころが多く、花やチョウで止まるのでタイムテーブルからかなり遅れてしまいました。  まっ、下見だから良いですね。

本番はあまり道草を食わないようにしないと。























2014年10月22日 (水)

高野山黒河道ウォーク(道普請 等)

19日以降のお天気を考えると、良い日にウォーク(下見)を行ったものだと、嬉しく思います。

ただ、本番の26日が今のところの天気予報ではややこしそうで…、心配です。

ウォークの概要は既に(ウォークその1)で報告しました。  その2はちょっと別の観点での報告です。

本事業(ウォーク)は

http://www.kinokuni-sanka.jp/modules/kinokawa/index.php?content_id=15

で紹介されていますが、文化庁の事業であり、私の所属する会が企画し、高野七口再生保存会という地元のボランティア団体に運営・実行の協力をお願いして開催されるものです。

山の道というのは、手を掛けないと荒れて獣道/ブッシュになってしまいます。今黒河道は観光を含め世の中に広めようとの動きがあり、国の補助金を受けた地元行政と、地元のボランティア団体が道の補修・整備、を進めています。

今回の下見も荒れた部分の整備・補修などを行いながらの登山行でした。

Photo 道路に覆いかぶさった枝のカット。(鉈などの道具は持ち歩いています。)

Photo_2雑草のカット(これは、少し前の作業です)

倒木の処理・除去。(私もお手伝いしたので写真はありません)

 径が数十センチもある大きな倒木について、は最近道を塞いでいる部分をチェンソーカットした跡がありました。

伐採した木を邪魔にならないよう移動、さらに道路肩にうまく納めて道の補強。

Photo_3

Photo_4  この部分の虎ロープと右の路肩補強は少し前に、このグループ(高野七口再生保存会)での作業だったのです。 通り易くなっています。

必要箇所への道標の設置も行う計画です。 ただ、このグループではコンクリートや鋼鉄などの永久性のある材料は使わないという原則を持っています。木製など、自然に帰る材料を使うことで、環境汚染とならないよう考慮されています。

道を知っている人と一緒に行くのはすごく安心できますね。前の町石道は単独行でガイドブックもろくに見ずという無茶をやりましたが、道案内がしっかりしていたので、不安は感じなかったです。

Photo_5  今回、この標識に示されていない道を通りました。

しかし今回は一人では来れなかったですね。ガイドしてくれるメンバーと一緒というのは良かったです。普通の地図には載ってない道や寄り道コースがあり、ビューポイントも逃さず解説して貰えたし。

その1でアップした一本杉の地は今のハイキングコースから外れた道にあるし、下の


Photo_6 高野豆腐工場跡など、普通の人は気付かないスポットですよ。

山道を普通の人が楽しむことができるのは、色んな方のおかげだということを強く認識しました。

オマケの画像は、

Photo_7  イノシシ用の罠ですね。 もうどんな山でもイノシシの被害は大変なようですね。シカやイタチも増えているようで。ここでも自然との闘い、自然との共生を工夫しなくてはいけません。






2014年10月20日 (月)

高野山ウォーク(黒河道コース) その1

昨日の朝は結構寒かったですね。

Photo  和歌山線、6:49発の王子行きに乗ります。

乗客は一様に冬っぽい服装、セーター・ジャンパーなどを羽織っていました。(私は夏冬、合兼用のシャツとベストの恰好です)

また、高野山ウォークです。今度は黒河道コース、一般的には先日行った町石道コースよりは健脚向き、つまり初心者にはシンドいコースと言われており、実際周りから「あんた、大丈夫?途中でヘタってしまうんじゃない?」と心配されていました。 私が主催側でのウォークイベントが26日にあり、昨日はその下見でした。Photo_2  和歌山線は万葉電車が多く走っています。

JR橋本駅に集合し、ウォークの段取り、案内などを行ってもらう、「高野七口再生保存会」の方に混じってウォーク開始です。

 ただ橋本駅から黒河道への登り口までは、何の標識・案内板もなく、地元の道を知ってる人と一緒でないと大変です。(前回の町石道は道案内関係はやたら充実していました)

Photo_3  この標識を見て、ほっとしました。

これ以降は山道で要所では標識がありました。行程をいくつかの写真で紹介します。

Photo_4 五軒畑といって、少し登って見晴らしの良い場所です。お地蔵様があります。かつて5軒の家の小集落があったらしいです。

Photo_5 弘法大師の井戸Photo_6 棚田跡です。復活できればキレイな棚田光景が見られると思いますが、手間が掛りますからネエ。

Photo_7なかなか見栄えのする滝もあります。(名前が付けられていない、名付けて売り出したら良いと思う)

Photo_8  休校中の小学校。校庭はクローバーが一面の植わっています。 ここが昼食・トイレ休憩の場所となります。

Photo_9  一本杉 樹齢推定500~600年

Photo_10子継地蔵。 有難い、お地蔵さんとか。

Photo_11

高野山の寺院、坊までくると、緑の残った紅葉が錦(二色)でキレイでした。

ということで、無事黒河道ウォークを終えることができました。

山道として感じの良い歩きができました。

 

 次回は「道の保全、補修」などの活動を含んで高野山ウォークの続編をアップの予定です。

持参した飲料は、ほぼ1.5リットル。夏場ほどには飲まないだろうとの判断でしたが、ちょっと不足気味でした。でも2リットルを持つと重くなるし、悩んでしまいます。

また歩くとどうしても汗を掻きます。下着のシャツの着替え、ポロシャツの替えを用意していました。ポロシャツは半そでで、着替えたあと、周りの服装とは季節感がズレていました。(ちっとも寒くはなかったですが)



















2014年10月16日 (木)

正露丸の裁判

Photo

台風が過ぎると気候に少し変化が起きることは良くありますね。

今回の台風では、夏の名残りがかなり払拭された感があります。朝夕は寒く感じるくらい、昼間でも暑さはなくなりました。

冗談ではなく、我が家では「ぼちぼち暖房の準備やねえ」と話題になってます。

さて、冒頭の写真は”正露丸”の商品群です。これ以外にもあります。こんなに沢山あることご存知でしたか?

この中で有名なのは、やっぱり”ラッパのマークの正露丸”でしょうか。このラッパのマークの正露丸の大幸薬品が起こした裁判が最高裁で決着がついた、ことが先日ニュースになっていました。

このニュースを見て、「えっ、未だ裁判やってたの?」って思ってしまいました。

大幸薬品って会社、よっぽど裁判好きか、何十年も正露丸裁判やってる、というイメージです。

今回裁判は、Photo_2写真左の製品のメーカーが右の製品が似ていて消費者が間違って買ってしまう。また、正露丸という商品名は自分の会社以外は使っちゃいけない。という裁判を起こしていました。

これに対し、裁判所は正露丸という名前は昔から色んな会社から色んな製品が出されており、一般名称であり、特定の商品のみの名前として他製品を禁止するような権利はないとし、また両製品のパッケージでは、カタカナ書きと漢字書き、AとSのデザイン、ラッパのマークの有無等異なっており、消費者が間違えるほど似ていない(模倣品ではない)と判決したものです。

私も、商品を間違えるほどには似ていないと思います。 この裁判は最初から”無理筋”と思うのですが。

ところでこの会社、以前にも裁判を起こしています。

Photo_3 左が大幸薬品(裁判を起こした会社)、右が訴えられた商品です。

この時も、正露丸の名前を使っちゃいけない、パッケージが似ていて消費者が混同するからいけない、と訴えたのですが、裁判所は「正露丸の名前は特定の製品のみが使える訳ではない、誰でも使える。パッケージは消費者が間違えるほど似ていない。ラッパのマークの有無が大きく違う」と判決したのです。

 (当時この会社は、”ラッパのマークの”という宣伝を行っており、自社製品はラッパのマークが付いていると積極的に言ってたのですから、当然の判決ですよね。

上の裁判は、平成17年に提訴、18年に大阪地裁で判決(原告敗訴)、20年に最高裁で判決確定、というコースを取りました。(最高裁まで争う案件ですかねえ)

で、今回の裁判は、平成23年に提訴しています。その前の裁判の結果を考えると、負けるのは見えていたと、私は思うのですが。 話題作りですかねえ。会社の事情は分からないです。

Neko (家に遊びにくる近所の猫ちゃんです)


さらに、正露丸での裁判は古く、根の深いものなんです。

ことは半世紀以上前、1954年に大幸薬品が「正露丸」の商標登録を行ったことから始まるのです。これに当時既に正露丸の名前の製品を出していた複数のメーカーが反発し、商標権は認められないと訴えを起こしたのです。この争いは、20年もかかり、1974年に最高裁で決着しました。 正露丸の商標権は認められない、というのが結論でした。

いやあ、戦う会社ですね。正露丸に拘りを持っているのですね。

未だやってくるかもしれません。(なかなか勝てないですが)


2014年10月12日 (日)

季節感

また台風が近付いていますね。10月の台風って、普通日本の沖で東に向きを変えていたと思うのですが…。

明日の高野山登りが決行されるかどうかの連絡待ち状態です。

Photo

朝明けるのが遅く、夕方暮れるのが早くなったことは間違いなく秋を実感させます。でも昼間の気温は未だ夏の名残を感じる日も多いです。紅葉は未だ少しです。”秋風”というのも少し前にその気配があったのですが、この数日は、それらしい風を感じないですね。

で、久し振りにカミさんとお散歩公園に行ってみました。

萩は確かに秋を感じる花ですね。

公園は花が少ない季節のようです。Photo_2

酔芙蓉は夏の名残の花ですね。

Photo_3 落ち葉も秋。

この公園の楓は色付き前でした。

家の庭では、

Photo_4

Photo_5
Photo_6  などが見られました。 特に季節感を駆り立てるものでもないですが。

今月末頃から山は紅葉がきれいな季節になるでしょう。




2014年10月11日 (土)

高野山町石道ウォーク 続編

今日は、特に何かの予定がなく(来訪者は有りましたが)、ゆっくりの一日でした。

高野山ウォークの続編を書きます。前回写真を略していたところは、写真説明を付けます。

Photo

Photo_2
慈尊院多宝塔と丹生神社にある登山口看板です。

Photo_3 未だ標高は高くないですが、紀の川の流域が見下ろせます。

この町石道沿いには色々名の付いた石があります。いくつか紹介します。

Photo_4

Photo_5かやまき石です。

Photo_6

Photo_7


Photo_8 上は銭壺石、左は押上石。

さらに、白蛇石とか鏡石とかありました。

町石については、90町(半分)、45町(3/4)などに注目していました。写真は

150

Photo_9150,100などを撮っています。

道は山道、石ころの多い場所や、Photo_10杉木立の感じが良い部分もあります。

峠もいくつか越えていきます。

Photo_11  六本杉峠

Photo_121枚だけ自分の写真も撮ってます。

Photo_13 ここは古峠。 バテルのが早かったらここから進路変更して2.5Kmで電車の駅に辿り着けます。 今回未だ余力有ということで先へ進みます。

Photo_14 矢立。ここで一般車道とクロスします。

ここに茶店的なお店があり、お茶を貰い、ペット飲料を補給しました。(飲料不足になっていて辛いな、と感じていたので助かりました)

矢立よりは手前ですが途中、二つ鳥居を見ますPhoto_15
丹生都比売神社が直ぐ近くだけど、今回そこには向かわない。

雨が降ってきて、嫌だなあと思う中、最後の急な登坂を経て、

Photo_16 やっと、大門です。

Photo_17

Photo_18Photo_19  大門、伽藍、金剛峰寺などを見ます。

「みろく石(お菓子)」をお土産に買い、、店の人に高野山からの帰りの方法を聞きました。ケーブルカーの利用しかないようです。 生麩饅頭が欲しかったのですが、買い損ねました。

帰りは、Photo_20Photo_21  高野山駅からケーブルカーに乗り、極楽橋を経て、Photo_22 JR橋本駅です。ここには、

Photo_23  万葉歌碑があります。(まつち山を謳っています)

ということで帰り着きました。  和歌山駅6:47発。 和歌山駅帰着は18:41でした。




















































2014年10月10日 (金)

皆既月食

8日は皆既月食の写真撮影にチャレンジしました。と言っても、どこかへ出掛けた訳ではなく、撮影スポットは我が家の庭です。電線が入らないポイントを探すのが面倒でしたが。

写真をお示しします。

Photo_11 なんか、部分喰が始まっているようですが、

これは雲に隠れている状態です。

8これはほぼ8分食の状態です、暗いながらも下の部分が影になっているのが分かりますか?

そして、Photo_12皆既月食その1。先の2枚の写真とは露光量が変ります。

光が少ないので、シャッタースピードをかなり下げて撮りました。

シャッターリモコンを設定しなかったので、3脚に固定とはいえ手押しシャッターでは、ブレが出易いですね。失敗作が多かったです。

もう1枚皆既食の写真です、(先の写真とあまり変わらないですが)

Photo_13 

確かに赤くみまますね。









高野山町石道ウォーク

9日は高野山のメジャーな参詣道である、町石道(ちょういしみち)を歩いてきました。山と渓谷社のガイドでは、歩行距離20.5Km、歩行時間6時間45分、累積標高差(+1740m、-985m)というちょっとハードなコース。

Photo 歩数計での実績は左記の通り。

自己新記録ですワ。  いやあ疲れた。

さて出発は、Photo_2和歌山駅発6:47(ウーンかなり早い)Photo_10


車両は万葉電車。

JRで橋本まで行き、橋本からは

Photo_4  南海電車 高野線に

降りる駅は、Photo_5九度山駅。    ここから歩行が始まる。

目指すは町石道の裾野の起点、Photo_6慈尊院です

慈尊院、丹生官省符神社を通り(写真略)、町石道を登り始める。

Photo_7

Photo_8これらが”町石”20Kmで180ある、ということは100mちょっとで1個ある計算ですねぇ。

道はPhoto_9ずっとこの道標が頻繁に設置されており迷うことはまずない。

この日は結構暑く、汗びっしょりになり、持参した飲料(ペット2本)が不足状態となったり、ウォーク終了近くでは雨に降られたり、それなりに大変でしたが、無事ウォークは完遂しました。ウォーク後半は別途報告します。

ただ、正直計画性に乏しく、登は良いが、下ることについて何も調べてなかった。人に聞けば分かると思い、確かにその通りだったが、大分無駄 もしてしまった。

今日のブログ記事はここまでです。























2014年10月 2日 (木)

古代街道調査 紀和国境 まつち越えはどこ?

10月に入りましたが、未だ昼間は暑いですね。

最近「歩き」が急に増えています。街歩き、山歩き、里歩きなどなど。

Photo
   (この時期はキンモクセイが、どこにもあり香りが漂っています)

10,11月には私が企画に関与したウォークイベントが3つ。これらは下見もあるので、これだけで6回歩きに行きます。それにOB会での山歩き行事が毎月あり、10,11月だと2回。地域の行事として熊野古道歩きが2回。昨日は宇治散策(平等院あたり)がありました。

 主催歩きの一つの高野山上りは、19Km、標高差800mへの対応のため足の訓練も必要です。近くには100mにも満たない山、丘があるだけですから、一日に何回も上り下りすることも考えています。ひたすら体力作り、足の準備です。主催側で参加して途中ダウンは出来ませんから。

それに古代街道調査を加えると、驚異的なペースでの歩きとなります。日程の重なり他で全行事への参加はとてもできませんが、歩きだけで忙しいです。

Photo_2 まつちは万葉の里、古代街道の要地でした。

前置きが長くなりました。本題の古代街道&万葉調査の件です。千数百年の昔、飛鳥・万葉の時代、大和の国から紀伊の国へは、万葉の道とか南海道とかを通っていました。

ところが、その南海道は今は消えており、どこを通っていたかは学者先生の研究と論争となっているところです。  南海道と万葉の道はオーバーラップする部分も異なっている部分もありそうです。

Photo_3 この県境(昔の紀和国境)付近のコスモス畑は付近での名所にもなっています。

万葉時代の都人(みやこびと)は、故郷大和の地を離れ、紀ノ國に入るこの地で、感慨深くなったようで、都会から田舎に入る寂しさや、海のある紀ノ國への憧れの気持ちを抱いたようで、この地を謳った万葉歌が8首あり、このちは有名な万葉故地となっています。

Photo_4歌の中で代表的なのがこの歌碑に有る歌です。

あさもよし紀人羨(きひとともし)しも亦打山(まつちやま)行き来(く)と見らむ紀人羨しも  巻1-55」  

 原文は「朝毛吉  木人乏母  亦打山  行来跡見良武  樹人友師母」 です

真土山がいいなあ、紀ノ國と人は羨ましいなあ、と詠んでいます。因みに「まつち山」の表記は、万葉仮名では「亦打山、又打山、真土山」などがあり、口約・書下ろし文では、このほかに「信土山、待乳山」などの表記をされています。

 真土山8首の中でこの歌が一番知られているのでしょうか、今日歩いた道で至る所でこの歌の歌碑を見掛けました。 4つ以上だったと思います。

Photo_5  これが「飛び越え石」で、足の両側は今で言えば和歌山県と奈良県、昔なら紀伊と大和に跨っている訳です。

こんなポイントが国境越えになるとは、ちょっと面白い、ロマンがある感じです。なお、この飛び越え石は真土峠にあり、真土山は別のところです。山は宅地造成で山頂は削られ、今は低い丘のようにしか見えません。この飛び越え石を万葉人が渡った、というのは定説ですが、私はホンマにこんな岩場を通ったのか、やや疑問も感じています。川は狭くなっていますが、馬、天皇の乗った車、女官などがここを飛び越えるのは結構難儀じゃないかと思うのです。それよりなだらかで浅いところを渡渉するとか、橋を架けるにしても狭い川だから大して大掛かりな工事とならずに出来たと思うのです。

この飛び越え石、前回来たときは奈良県側から峠を越えて和歌山県側に渡って行ったのですが、今回来ると、奈良県側は人が通っていないようで藪に覆われ、クモの巣だらけの道になっていました。トレッキングポールと拾った木の枝でクモの巣と藪を払い突き進みました。  こういう道を通るのもなかなかですね。

これについて普段親しくしてもらっている、歴史地理や考古学の専門の先生、加えて日本有数の万葉学者の先生の調査行にくっ付いてお邪魔虫で指導・講義を聞きながらの同行です。Photo_6
先生方は、このような道を、「古代街道っぽいネエ」と言いながら歩いて行きます。当方は、「なるほど、成程、そう思えます」なんて言って付いていきます。

地域の人に出会うと、古い地名や通称について訊ねたり、当地の言い伝えなどを聞きます。お寺の住職さん神社の神官さんなんかは、その地の古い事情に詳しい方がいますね。興味ある情報が得られることもしばしばです。

Photo_7 これは、道路沿いの家の奥さんが前の花壇を手入れしていて、少しだけ声をかけたのですが、この女性地域の歴史の勉強会とかやってて、古い地名、古い道についての知見が豊富で色々話が弾みました。この写真の坂は古代の道である可能性も高いですね。

今回の踏査で、先生方は古代の道がどこを通っていたか、について通説、最近の学者の説(学者先生により少しずつ違う説になる)を踏まえ、自説の構築でのイメージが持てたようでした。

いやあ、面白いですね。

オマケですが、奈良県側五條市の転法輪寺には、

Photo_8 懐かしき私の故郷で馴染んでいた寺の名前を発見しました。  何か四国八十八ヵ所の寺の砂を置いてあって、その砂を踏めばご利益があるとか…。


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