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2013年12月26日 (木)

二上山ハイキング

12月8日といえばかなり前になりますが、この日会社OB会行事として二上山まで行ってきました。
 二上山、この山の名は、今は”にじょうさん”ですよね。でも私には、”ふたかみやま”という呼び名がぴったりです。
 そう、万葉集ではこの山は”フタカミヤマ”と呼ばれているのです。そしてこの山には、天武天皇の皇子であった「大津皇子」が葬られています。
 万葉集の中で2大悲劇とも言われる、有間皇子事件、大津皇子事件という二人の謀反の罪で処刑された皇子の一人のゆかりの地です。

 この山に、大津皇子が葬られてから姉の 大来皇女が詠った、
うつそみの人にあるわれや明日よりは 二上山を弟背(いろせ)とわが見む
 (宇都曾見乃 人尓有吾哉 從明日者 二上山乎 弟世登吾將見) 巻2-165
 は有名な歌です。

一度は行きたい山でした。
近鉄阿倍野から南大阪線で、”二上神社口”駅まで行き、登り始めです。
17 途中の池から山を望みます。
左が雌岳、右が雄岳です。
12月初めの日曜日、紅葉も見頃でハイキング客も沢山でした。
 途中には
Size 傘堂という珍しい形の堂があり、
落ち葉がきれいなところもありました。
Size_2
実は今回のハイキングでは当初予定は雌岳にのみ登り雄岳はパスすることになっていました。 私はこれが残念に思っていました。
でも雌岳まで短時間で進み時間にゆとりがあったので、「雄岳にも行きたい」と要望を出して、希望者は雄岳に行って良し、行かない人は雌岳で休憩して待っている、という計画変更が認められたので、喜んで雄岳まで行きました。
Size_3 雄岳には大津皇子の墓があり、宮内庁管轄になっていました。
無事二上山の両峰に登り、後は下山です。山の麓には万葉歌碑がありました。
Asihikino_taima_11
歌碑には
足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沾 山之四附二   
  と歌が原文で記されています。
これを私が、
  あしひきの 山のしづくに 妹待つと 我れ立ち濡れぬ 山のしづくに
と、スラスラと読んだら同行の皆に驚かれてしまいました。私にしてみれば有名な歌なので知っていて当然くらいの感覚だったのですが…。 何か万葉オタクに思われてしまったようで…。
下ってから当麻寺を訪問しました。
この寺の庭園の牡丹は有名なようですが、その季節ではありませんでした。紅葉の名所でもあるようですが、ここは盛りを過ぎていました。
Size_4   三重塔です。

当麻の街並みで目を惹いたのは、
Size_5  多くの家の軒に掛かっている注連飾りです。
 伊勢の街では注連飾りを年中飾っておく、ということを聞いていましたが、ここでもそのようです。しかも飾りがちょっと変っていました。

 この後”反省会”という名目の宴会を繰り広げ、かなりのアルコールを摂取して帰宅しました。

いつもなら、行事の当日か翌日にブログアップするのですが、今回全く”ひだけた”報告となりました。  感動も薄れてしまってますが…。

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